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スリーピング・ボードになる?日銀政策決定会合

7月に日銀の審議委員が交代します。その影響を考えてみました。


◎なぜ、さらに量的緩和なのか聞いてみたい

 

   この7月に二人の日銀の政策委員会審議委員が交代します。木内登英委員と佐藤健裕委員の後任候補として三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員の片岡剛士氏、三菱東京UFJ銀行取締役常勤監査等委員の鈴木人司氏の両人の人事案が国会に提示されました。国会での承認のあと、9月20、21日に開催予定の金融政策決定会合(MPM)から参加することになります。片岡氏は1996年慶應義塾大学商学部卒、旧三和総合研究所入社、エコノミストとして活躍され、昨年から現職にあります。また、2001年には慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了しています。一方、鈴木氏は1977年慶応大学経済学部卒、三菱銀行入行。東京三菱銀行市場企画室長、常務執行役員市場部門長を経て11年専務取締役市場部門長、12年副頭取、そして16年に現職です。市場に精通している方です。日銀の関係者に聞くと「常識のある人」とのことです。とくに特殊な金融理論に染まっているわけではないようです。
 片岡氏はいわゆるリフレ派の論客で、現在審議委員の原田氏とも大変親交のある方です。この原田氏が山本幸三大臣経由で菅官房長官に強く推薦したと聞いております。なぜ、山本大臣経由なのか、わかりにくいと思いますが、山本大臣が開催していたマクロ経済の勉強会に安倍総理が頻繁に参加していたという関係がありました。そこには現在、リフレ派の論客として有名な浜田内閣官房参与も講師として招かれていました。この勉強会に参加していた方から聞きましたが、安倍総理はリフレ派の理論的根拠である貨幣数量説を熱心に勉強されたそうです。どこまで理解されたか判然としませんが、リフレ派の人脈が日銀に黒田総裁を送り込む原動力となったわけです。下世話な話題で恐縮ですが、先般の組閣で山本大臣が地方創生担当大臣として初入閣したのも、このときの“お礼人事”と永田町ではもっぱらです。
 さて、片岡氏というリフレ派の論客が政策決定会合の審議委員になるとMPM会合の運営はどうなるのかが、気になります。昨年の審議委員人事でもリフレ派のエコノミストが送りこまれ、さらにリフレ派が増えたのですから、金融政策の方向がさらに量的緩和色が強まることになります。ちなみに片岡氏はいまの日銀の金融政策についてもさらなる国債購入を図るべきという論陣を張っています。これについては、さすがに日銀も財務省の関係者も顔を曇らせています。あるエコノミストは「いま、なぜさらなる緩和なのか、まったく理解できない。しかもこれだけ失業率が低下し、“供給の天井”が問題になっているときに、財政出動というロジックは論理破たんしている」と手厳しく批判しています。審議委員となって、どのような第一声を発するのか、注目したいと思います。

 

◎無風の採決状況となる可能性

 

 下記の表をご覧ください。安倍総理が登場し、黒田総裁が2013年に就任して以来、MPMにおける執行部(総裁と二人の副総裁の総勢三人だが、議長である総裁が常に議案を提出)提案の「金融市場調節方針」(金融政策)についての採決状況をみると、すべて可決されています。過去に否決されたこともありません。しかし、反対票が常に入っています。これは主に7月に退任する木内委員と佐藤委員によるものです。2014年10月以前の採決をみると、9人全員一致となっていますが、常に木内委員などから執行部とは違う調節についての議案が提出されています。これらの審議委員の独自の議案についてはすべてほとんど8:1で否決されています。さらに、さかのぼると、委員からの議案もないという事態があります。2012年11月2日です。このときの決定会合では全くの無風という会合でした。それ以前は同じように無風が続いていました。このときの総裁は白川氏です。つまり、黒田総裁になってからは、かならず委員から異論が出ていたわけです。
 木内氏にお会いしたときに、「いつも独自の議案を提出していますが、大変ではありませんか」と伺ったことがあります。議題に上すことは単にある議案を出すだけでなく、その背景となる理由について語らなくてはなりません。その「準備が大変だ」とおっしゃっていました。審議委員には、日銀から一人の男性職員のサポーターが付きます。議題を整理するときの作業要員です。加えて、日銀各局からの情報収集が必要になりますから、そのお手伝いです。日銀の職員数は4600人、日本橋にある本店には2700人余りの人が勤めています。執行部はこの組織を総動員、といっても本店の企画局、調査統計局、金融市場局、金融機構局など政策に関係する部門からあらゆる情報を収集して政策の方向を決めます。しかし、審議委員はつまるところ秘書一人です。彼我の差は歴然としています。したがって孤軍奮闘の様相を呈することになります。
 この木内、佐藤氏という“良心派”が離脱したあと、議案を提出する人が見当たりません。今回、あらたに審議委員になる鈴木氏もとくにリフレ派といったような金融理論の支持者ではないようですので、反対してもいいのですが、なかなか反対、異論をだすのは心理的にも、(木内氏のような事情もあり)物理的にも出しにくいでしょう。となると、新審議委員と入れ替わった政策決定会合は、おそらく全員一致で、しかも別の議案も提出されない事態になると見込まれます。
 日銀の独立性強化が謳われ20年前に日銀法が改正されました。それ以前の政策委員会ではほとんど議論がなかったことから、スリーピング・ボードと揶揄されました。再び、そうなるのでしょうか。
 ひとつ、面白いと思っているのは、黒田総裁が来年4月の任期で退任したときどうなるかということです。二人の副総裁も同時に退任されるでしょう。総裁にどのような理屈と理論をもった方が起用されるか、わかりませんが、これまで招集されたリフレ派の審議委員の方々はどのようなスタンスを取るのでしょうか。黒田総裁はともかく量的緩和を進めました。しかし、後任の方のスタンス次第では執行部のスタンスが変更される可能性があります。その執行部に反対して、量的緩和の継続を議題として挙げるのでしょうか。6人の審議委員のうちはっきりとしたリフレ派は4人です。居心地は極めてよくないことと思います。


  決定会合の採決状況    
決定会合採決日時 タイトル 執行部提案についての採決状況 備考
2017年4月27日 当面の金融政策運営について 7-2  
2017年3月16日 当面の金融政策運営について 7-2  
2017年1月31日 当面の金融政策運営について 7-2  
2016年12月20日 当面の金融政策運営について 7-2  
2016年11月 1日 当面の金融政策運営について 7-2  
2016年 9月21日 金融緩和強化のための新しい枠組み:「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」 7-2・8ー1  
2016年 7月29日 金融緩和の強化について 7-2・8ー1  
2016年 6月16日 当面の金融政策運営について 7-2・8ー1  
2016年 4月28日 当面の金融政策運営について 8-1  
2016年 3月15日 当面の金融政策運営について 8-1  
2016年 1月29日 「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入  5-4 マイナス金利の導入
2015年12月18日 当面の金融政策運営について(「量的・質的金融緩和」を補完するための諸措置の導入) 6-3  
2015年11月19日 当面の金融政策運営について(12時17分公表) 8-1  
2015年10月30日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年10月 7日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 9月15日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 8月 7日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 7月15日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 6月19日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 5月22日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 4月30日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 4月 8日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 3月17日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 2月18日 当面の金融政策運営について 8-1  
2015年 1月21日 当面の金融政策運営について(貸出増加支援資金供給の延長等) 8-1  
2014年12月19日 当面の金融政策運営について(12時28分公表) 8-1  
2014年11月19日 当面の金融政策運営について 8-1  
2014年10月31日 「量的・質的金融緩和」の拡大 5-4 マネタリーベースの拡大。年間80兆円
2014年10月 7日 当面の金融政策運営について 9-0 執行部以外の委員からの提案あり、否決。物価安定目標の2年を中期目標にすべしとの提案。
2014年 9月 4日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2014年 8月 8日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2014年 7月15日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2014年 6月13日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2014年 5月21日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2014年 4月30日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2014年 4月 8日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2014年 3月11日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2014年 2月18日 当面の金融政策運営について(貸出増加支援資金供給等の延長・拡充) 9-0 (以下、同じ)
2014年 1月22日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年12月20日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年11月21日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年10月31日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年10月 4日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年 9月 5日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年 8月 8日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年 7月11日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年 6月11日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年 5月22日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年 4月26日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年 4月 4日 「量的・質的金融緩和」の導入について 8-1 QQE継続反対意見あり
2013年 3月 7日 当面の金融政策運営について 9-0 執行部以外の委員からの提案あり、否決。
2013年 2月14日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2013年 1月22日 デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明) 7-2 (以下、同じ)
2013年 1月22日 「物価安定の目標」と「期限を定めない資産買入れ方式」の導入について 7-2 (以下、同じ)
2012年12月20日 金融緩和の強化について 9-0 (以下、同じ)
2012年11月20日 当面の金融政策運営について 9-0 全員一致でほかの委員からの提案もなし。全くの無風。
2012年10月30日 デフレ脱却に向けた取組について 9-0 (以下、同じ)
2012年10月30日 金融緩和の強化について 9-0 (以下、同じ)
2012年10月 5日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2012年 9月19日 金融緩和の強化について 9-0 (以下、同じ)
2012年 8月 9日 当面の金融政策運営について 9-0 (以下、同じ)
2012年 7月12日 当面の金融政策運営について 7-0 (以下、同じ)
2012年 6月15日 当面の金融政策運営について 7-0 (以下、同じ)
2012年 5月23日 当面の金融政策運営について 7-0 (以下、同じ)
2012年 4月27日 金融緩和の強化について 7-0 (以下、同じ)
2012年 4月10日 当面の金融政策運営について(成長基盤強化を支援するための米ドル資金供給の実施) 7-0 (以下、同じ)
2012年 3月13日 当面の金融政策運営および成長基盤強化支援の拡充等について 9-0 (以下、同じ)