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ソロスチャートの終焉

円・ドル相場を占う指標として名を馳せたソロスチャートにまったく話題にならなくなっている。ソロスチャートに席巻された市場に催促されるように登場した日銀の異次元緩和は市場の勘違いのメンタルと軛をひとつ潰したという点でその役割を果たした終えたと言っていいだろう。異次元緩和の初期段階では日銀幹部からのソロスチャートへの言及が多かったが、いまやまったく口にすることはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 ◎円ドル相場を誘導した神話の崩壊 

 

ソロスチャートの存在をもうお忘れの方も多いと思います。日本のマネタリーベースを分子とし、アメリカのそれを分母として割り算した指数です。これが、円・ドルの為替相場と強い関連性があることを最初に発見したのが、有名な投資家のソロス氏。かれが作った指標なのでソロスチャート呼ばれています。このチャートの凄い点は、為替のディーラーなどが本気で信じたからです(信じていたからです)。マネタリーベースと為替の相関について理論的な検証があるわけではない(一部にはありました)ので、いわば思い付きのチャートだったのですが、市場が信じてしまえば、それは“真実”となります。

 図表をみて頂ければお分かりのように、2000年代後半以降、完全にソロスの予言が的中しています。素朴な貨幣数量説のひとつの裏付けとなっていた考え方でしたので、黒田緩和の正当性を裏付けるものでもあったと思います。しかし、FRBのテーパリグの終了後の2015年を境にまったく相関性は失われました。黒田緩和の初期段階では市場も信じ、世界の中央銀行、FRBも信じた(確証はありませんが)ことになりますが、しかし、アメリカがマネタリーベースの伸びを抑制した後、糸の切れた凧のごとく、円・ドル相場とは無縁となりました。端的にいえば、量的金融緩和政策が為替相場と相関性が失われたことを意味します。

 これは黒田緩和の当初の円安誘導という目標が達成された以降の量的緩和が無効となっていることを意味します。日銀は量的緩和が市場の期待に訴える政策なので、時間的なズレが生じるのですぐに量的緩和をやめることはできないと判断しているように思われます。しかし、すでにソロスチャートの無効が明白になって2年以上ですから、量的緩和をやめる条件は整っていると思います。

 なお、ソロスチャートによれば、そしてそれが正しければ、現在の円ドル相場は1ドル140円から150円になっていなければなりません。もしかすると日銀はこの水準を期待しているかもしれません。円安によるCPIの上昇という誘惑もあるわけですから。

 市場は金利水準による裁定という正常化の道に戻りました。量的緩和についての日銀の公式的見解は「量的緩和の効果は金利に読み替えており、金利引き下げと同じ意味をもつ。ただ、量それ自体による効果はない」というものです。わかりにくい表現ですが、要は実態的に金利政策を実行していたということです。もともと、実態は金利政策であった量的緩和政策の本質を改めて確認したということではないでしょうか。これは量的緩和政策の有効性への疑問に答えるものでもあります。

 

◎新興国バブルへの懸念 

 

  ともあれ、ソロスチャートという神話を葬り去られました。日銀はテーパリングの準備段階としての神経質ともいえるイールドカーブコントロール政策を実行中ですが、それも不要となる時期が迫っていると思います。FRBやECBの資産売却に遅れをとると低金利国としての日本の円が大幅に安くなるリスクがあります。それこそソロスチャートが復活しかねません。

 世界の中央銀行によるマネーの膨張が問題になっていますが、その副作用について私自身も感じることがありました。先日、国際協力事業団(JICA)の新興国の金融行政当局の方々を対象とした研修会で講演したときに、あるアフリカの国の金融行政当局の方から、不良債権問題に悩んでいるという質問を受けました。その質問に触発されて数か国の方々が同様の問題を抱えているという発言がありました。FRBのテーパリングの影響がすでに出ているのです。膨張したマネーが収縮するとき、新興国の不良債権問題が噴出します。これまでも南米で起こった金融危機など何度もマネーの収縮による危機が訪れています。そしてソブリンリスクの高まりに併せて、民間のマネーも引き上げられ、金利は高騰し、新興国の人々の生活を脅かしてきました。

 日銀が作りだしたマネーは日本のメガバンクを通じて海外に流出し続けています。それがどの国の通貨に置き換わっているか、詳細にはわかりませんが、世界の膨張マネーの大きな一部を形成していることは間違いありません。事態はこれほど単純ではなく、中国のマネーも加わり、複雑化しているはずですが、はっきりしているのは風船はどこかで破裂するということです。日米欧で調整可能というおとぎ話を信じるほど、人の脳みそは発達しているとは思えません。