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財務省幹部人事2・昭和59年入省組の悲劇

<財務省幹部人事の追加>財務省の幹部人事で主要局長の異動の背景を考えたが、いくつか気になる点があるので、メモとして追記する。

◎局長になれない59年入省組

 

 財務省の人事は、ほかの省庁と同様、ある入省年次に与える重要ポストの数をなるべく均して偏らせないよう工夫しています。しかし、ときとして特定の年次に優秀な人材が集まることがあります。年次で縛れば、優秀な人材を登用できないというのもおかしなことですので、仕方のないことなのですが、結果として厚遇・冷遇の濃淡が生じます。最近では昭和54年組から3人の事務次官(木下康司、香川俊介、田中一穂氏)を輩出しました。ワインでいえばビンテージワインということになるのでしょうか。


 今年の人事を眺めて、いやでも目についたのは58年組の優遇です。異動前の時点で本省の財務省に5人の局長(主計、主税、理財、国際、関税局長)を揃え、財務省の事実上の支配下にある金融庁には、3人(金融国際審議官、総括審議官、検査局長)も配していました。このため、割を食ったのが59年組です。


 財務省には「同年次には4人の局長まで」という慣例があります。59年組は、今年の人事で本省局長に中江首相秘書官が関税局長として戻ってきました。ほかに土井俊範氏が局長相当の財務総合研究所長(会計センター所長)がいますが、近く、土井氏の後任に美並義人近畿財務局長が回ります。都合、3人ということになります。ほかの方々で本省局長となる方はいません。加えて、金融庁では59年組は一人も局長になれませんでした。58年組は本省と金融庁で合計8人が局長となり、59年は3人ということが確定しました。


 59年組は金融庁でも分厚い人材が集まっていました。常に同期で3人程度の方々が将来の金融庁の幹部候補として処遇されていました。どこの年を拾っても似たような状況なのですが、例えば平成24年には、指定職(地方局長など)直前の総務課長クラスである検査局総務課長、総務企画局総務課長、総務企画局企画課長の3つのポストを占めていました。当然、このなかから将来の局長がでてもおかしくはないのですが、現状、一人も局長となりませんでした。


 一人、財務上級の西田監督局審議官(57年)は、キャリア組換算で59年組として処遇されるのではないかとみられていましたが、今回の人事で北陸財務局長となり、本庁局長とはなりませんでした。畑中長官、森長官による抜擢もあり、「地域金融機関担当局長」として活躍し、ほかの59年組(長谷川靖、寺田達史氏)を押しのけたわけですから、それなりの処遇があってしかるべきだと思われます。森長官は西田氏を本省局長クラスの関東財務局長として強く推していましたが、財務省側の反対によって、とん挫しました。森長官としても残念だったと思われます。

 

◎歴代関東財務局のキャリア

 

 関東財務局長は、本省局長クラスというステータスです。俸給も総括審議官と同じです。関税局長と各局次長の中間という位置づけです。しかし、俸給だけでなく、仕事、職掌がほかの財務局長とまったく異なっています。有価証券報告書の届け出と受付、それに関係する相談業務を本省、金融庁とは独立して判断しています。企業開示行政の一部を独自に担っています。組織の人員も1500人と金融庁にほぼ匹敵します。加えて、埼玉県さいたま市の本局のほかに大きな東京事務所を持っています。多くの企業は企業開示関係の書類を東京事務所に届け出します。


 ということで、重要な組織です。この局長に、昨年(浅野僚也58)と今年(田中琢二60)、続けて財務省の金融行政とはほぼ無縁の方が任命されています。それ以前は、金融庁から直接、あるいは金融庁に長く在籍された方が任命されていました。金融庁から出すのか、非金融庁から出すのか、これは財務省と金融庁の大きな権限争いとなります。その争いに金融庁が連続して負けています。理由は不明です。どこかのポストと交換している可能性もあり、外部からは見えにくい点です。ただ、事実として、金融庁の指定席ではなくなっているということなのです。昨年の人事の際に驚きましたが、今年も驚きの人事でした。


 浅野氏の前職は、政策評価審議官、その前はAfDB理事です。田中氏の前職は国際局審議官でそれ以前に産業革新機構財務G執行役員に出向していました。