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日銀のYCC政策修正の真意

日銀は7月31日の政策決定会合で、これまでの「長短金利操作付き量的・質的金融緩和政策」(イールドカーブコントロール政策)を手直しし、「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」策を決定した。①10年物国債金利(10年)の目標水準を柔軟化し、現行の±0.1%程度からその2 倍の±0.2%程度にバンドを拡大する、②マイナス金利が適用される一部の当座預金残高を現行の10 兆円程度から5 兆円程度まで減額することなどを決めた。また、今回の措置が出口戦略と受け取られることを回避するために、初の「政策金利のフォワードガイダンス」を導入。「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」とした。その真意を探る。

◎長期金利政策目標金利の上限引き上げ許容の背景

 

 10年物国債の買い入れ金利水準をゼロとしてきた日銀が、その金利幅を±0.2%まで弾力しました。なぜか。長期国債の流動性の低下を改善するという意図と説明していますが、これは事実の説明ではありますが、本当の狙いとは言えないでしょう。いま、日銀の金融政策の最大の桎梏となっているのは、アメリカの金融政策です。アメリカの長期金利です。政策金利の引き上げと物価の上昇が相まって、長期金利が上昇を続けています。この傾向が続けば円安を誘導します。


 いまのYCCを継続すれば、金利差はいずれ自動的に為替に影響します。トランプが目を光らせている為替相場で円安を演じることになれば、ただでさえ貿易収支の赤字に神経をとがらせているトランプを刺激しかねません。だから、日本の長期金利を上げる余地を作ることによって、円安抑制を今回の政策変更で狙ったものとみるべきでしょう。だから、今回の政策の変更が「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」と言えるのです。為替相場に対する耐久力を「強化」したとみています。


 エコノミストが今回の措置について、金融緩和なのか、金融引き締めなのかと自問していますが、明らかにいまの政策の維持を目的とする強化策、補修強化であって、けっして金融緩和でもなく、引き締めでもないのです。本質は為替政策です。勿論、円高を狙ったものではなく、為替の均衡、安定を図ろうというものでしょう。

 

◎0.2%はどこから出たのか

 

 日銀の公表文を読むと不思議なことに気付きます。それは「±0.2%」という数字が書いていないことです。「金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動し」としか、書いてありません。市場のボラタイルを許容する大きな変更点ですから、本来ならば公表文に表記すべきです。数字は記者会見で出てきたものです。こんな異常なことはありません。


 理由は二つ考えられます。ひとつは、黒田総裁が決定会合では合意していないにも拘わらず、勝手に目標水準を話してしまった可能性。これは通常は考えられません。記者会見のドラフトは事前に作成されています。もしも、ドラフト以外のことまで話したとなると、大事件です。


 とすると、もうひとつは公表文では出さずに、記者会見で演出したというこが考えられます。(各政策委員の了解を得てですが)。市場へのサプライズを狙ったということです。あくまで公式には「ある程度変動」と内外に説明することとし、総裁の意向として数字を出して、数字の根拠を曖昧にするという狙いもあるとみています。数字の根拠が曖昧ならば、「±0.2%」は、それ以上の幅をもつ可能性があると市場は読み込むでしょう。為替のオーバーシュートを減殺する意味を持ちます。

 

◎政策金利のフォワードガイダンスの表現がおかしい

 

 また、初の「政策金利のフォワードガイダンス」に意味があるのかどうか、疑問なしとしません。YCCを導入したときに「マネタリーベースの拡大に関するオーバーシュート型コミットメント」を約束しましたが、この意味は金融緩和の後退と受け止められないことを懸念して、付け加えたものでした。今回のガイダンスも同じ事情です。長期金利が上昇するのですから、緩和の後退と受け止めてもいいわけですが、それは違うと言い張っているだけのことです。約束ではありますが、市場をアンカーするものではないでしょう。修辞学の世界、官庁用語と考えます。


 しかも、その表現方法が奇妙です。「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」となっています。「維持する」ではないのです。客観的に見て想定していると語っているだけです。当局の決定内容は常に具体的で主体です。しかし、この表現は傍観しているだけです。第三者的な表現です。よく、決定会合でこのような表現が採用されたものだとある意味で感心してしまいました。到底、ガイダンスと思われません。

 

 なお、マイナス金利付利の当座預金の範囲を縮小したことは、メガバンクとゆうちょ銀行だけにメリットが生じます。金額としても大きくはなく、「お中元」ということでしょうか。けっして、金融システムの健全性に配慮したというレベルのものではありません。