· 

スルガ銀行、シェアハウス融資問題委員会報告書

スルガ銀行がシェアハウス関連融資の問題について事実関係を調査するために設置した第三者委員会が9月7日、その調査報告書を公表した。企業風土の劣化、モラルダウン、規律順守の乱れはすでに新聞報道で報じられているレベルをはるかに上回る深刻な事態であることを明らかにした。内容の詳細は新聞、週刊誌に任せるとして、気付いた点について触れたい。

◎虚構のビジネスモデルと責任の所在

 

 報告書は事件の本質について次のように総括しています。

 

「今回の不正行為等は、最終的には銀行、融資先、シェアハウス事業者等にとって、いずれもリスクが高く、特に銀行にとっては不測の損失を蒙る性質のものであり、しかもそのビジネスモデルからして永続性がないものである。

 結局、これらの不正行為等に関わった銀行員は、銀行のためでもなく、顧客や取引先等のためでもなく、自己の刹那的な営業成績のため(逆に成績が上がらない場合に上司から受ける精神的プレッシャーの回避のため)、これらを行ったものと評価される。決して、違法性があるかどうか分からなかったとか、会社の利益のためになると思ってやったなどというものではない。」

 

 銀行も融資先も銀行員にとっても、一切、何の成果も得られない虚構のビジネスだったというのです。銀行員は社内のノルマの達成のためだけに不正を冒してまで融資を積み上げたと結論づけました。報告書を読んだときの第一印象は、本当にそうなのかというものでした。全社的なこんな詐欺的行為がまかり通っていたということは信じがたいものです。100歩譲って事実だとすれば、事件の舞台となったスルガ銀行のパーソナル・バンク部門(投資用不動産ローンの推進部隊)は一種の恐怖と恫喝に包まれた狂信的集団と化していたと理解するほかはありません。

 

 責任の所在をどう考えるべきでしょうか。仮に銀行の経営陣が自己の利益のために銀行にとって不利益となることを意図したらならば、特別背任に該当しますが、報告書はそうした指示はなかったと結論付けています。責任の所在は経営者責任・監督責任という枠にとどまっています。

 

 しかし、責任問題はこれで済むはずはありません。報告書が示した事実関係が真実だとしても、虚偽の収益計上という事実が残ります。高収益・成長を信じて投資したスルガ銀行の株主を騙したことになります。報告書は金商法上の違反については一切触れていません。株主からの訴訟が十分想定されます。

 

 また、今回の事件で責任を一切逃れているのが「チャネル」とばれる仲介業者です。銀行と一体となって、あるいはサブリースと一体となって、顧客開拓した彼らに責任はないのでしょうか。誰がどのような立場で民事責任を追及していくのか、注目されます。
 
 なお、投資家から集団訴訟が起こされていますが、騙されたという主張かもしれませんが、投資家の身勝手な言い分です。手元資金もなく高いリターンを狙った、あるいはその誘いに乗った人々なので、全面的な救済の必要はないと考えます。しかも、投資物件も見ずに投資したのですから、十分な過失責任があり、相当の責任が相殺されると考えます。銀行、サブリースの責任分担は、今後、ケースバイケースで判断されると思われます。

 

◎驚嘆すべき調査報告書の分析力

 

 調査報告書のスペックには驚かされました。一般的にこの手の報告書は関係者のヒアリングを主体に事件を再構成していきますが、今回の調査では職員アンケート調査に加え、デジタル・フォレンジック調査(デジタル鑑識)による膨大なメールのAI的分析を行っています。そこから、内部の関係書類、ヒアリング内容との矛盾をつき、書類の不備とその発言内容が虚偽であることを明らかにしています。

 

 スルガ銀行の電子メールサーバー上に保管されている調査対象者(113名分。全員ではない)の電子メールデータ(2.6TB、総件数3,660,013通)、携帯電話の調査対象者(42名)の私用メール(56GB、総件数577,591通)をもとに検索用データベースを構築したそうです。PCに保存されていたファイルもデータベース化されました。また、かぼちゃの馬車などのシェアハウスを販売していたサブリース会社のスマートデイズについても、業務用Gmailデータ(230GB、総件数441,122通)を分析しています。

 

 これらのメールからおびただしい偽装の実態(メール内容)が浮き彫りにされています。自己資金確認資料の偽装、収入関係資料の偽装、レントロールの偽装、健康診断の偽装、容積率オーバーを偽装するために建築士との協力関係があること等々。報告書は「正確な偽装行為の件数を数えるのは不可能であるものの、書類の偽装が収益不動産ローンの全般に蔓延していた事実が認められる」と結論づけました。また、別途行われたアンケート調査においても、「不正が全くない案件など、全体の1%あったかなかったかそのレベル」「100件中95から99件程度は何らかの不正が存在する案件」「偽装が一切無い案件は、100件中、あって1件か2件。」といった回答も寄せられており、このメールを裏付けています。

 

◎パワハラの実態の生々しさ

 

 強引な営業の背景には、厳しいノルマとパワハラが存在していました。アンケート調査には下記のような信じられない内容が掲載されています。多少のノルマはどこの企業でもありますが、常軌を逸したものです。報告書は要約版(17ページ)と全体版(本文321ページ)がありますが、是非、ノルマの実態が掲載されている全体版を読むことをお勧め致します。いまの銀行員の置かれた立場、葛藤がよくわかります。身につまされます。偽装の実態とパワハラはまさに小説にすれば「実録 スルガ銀行」となりそうなリアルなものです。

 

・新規以外の条件変更稟議や法人稟議を作成していると恫喝される。できないと業務終了後母店へ通い、できるまで夜遅くまで電話セールスさせられる。

 

・毎月、月末近くになってノルマが出来ていないと応接室に呼び出されて(バカヤロー)と、机を蹴ったり、テーブルを叩いたり、1時間、2時間と永遠に続く。給料返せなどと、怒鳴られる。ノルマが出来ないと夜の10時過ぎても帰れない。残業代など支払われるはずがない。

 

・金利 7%超の無担保ローンを月に10億実行しろとの目標設定。

 

・「なぜできないんだ、案件を取れるまで帰ってくるな」と首を掴まれ壁に押し当てられ、顔の横の壁を殴った。

 

・数字ができないなら、ビルから飛び降りろといわれた。

 

・支店の社員の前で給与額を言われそれに見合っていない旨の指摘を受け、週末に自身の進退(退職)を考え報告を求められた。

 

・支店長が激高し、ゴミ箱を蹴り上げ、空のカフェ飲料のカップを投げつけられた。

 

・死んでも頑張りますと答えたら、それなら死んでみろと叱責された。

 

・数字があがらないならば、時間外請求するな。融資実績があがらないならば、会社に給与返せ。いつまで会社から定額自動送金してもらっているんだと叱責。

 

・数字ができなかった場合に、ものを投げつけられ、パソコンにパンチされ、お前の家族皆殺しにしてやるといわれた。上司を目の前で土下座させて謝罪させた。いすの背面をキックされた。

 

・多人数の前で罵声を浴びせられ、結果その社員が精神的に追い詰められて休職や退職に至ったら、それを反省するどころか、営業推進を一生懸命に行った結果だと肯定し、その数や追い詰め方を自慢し競い、賞賛されるような状況にあった。

 

◎強権をもった特殊なCOOの存在

 

 スルガ銀行は岡野兄弟が経営してきた銀行です。15%相当の株式をもつオーナー企業です。兄(会長・元社長)がCEOで、昨年亡くなった弟がCOO(副社長)という役割です。このCEOという呼称を金融界で初めて採用したのがスルガ銀行だと記憶しています。先進のガバナンス体制であるCEOとCOOの分離の導入が今回の事件を引き起こした背景になっているのはなんとも皮肉なことです。

 

 最高執行責任者であるCOOの判断にはCEOは原則として関与しません。スルガ銀行は取締役会の下部に経営会議があり、そしてその下に執行会議があります。この執行会議の議長がCOOです。報告書は取締役会と経営会議の形骸化を指摘し、実際に機能していたのは執行会議としています。

 

 岡野会長は社交的な方です。またダンディでストライプのスーツが良く似合い、ネクタイを外したファッションも様になっていました。話題の大きさも魅力的でした。ただ、銀行経営の中身を聞くとそれは弟に聞いてくれと言われたことがあります。自分は話は聞くけれど、銀行としての判断はCOOだという方針を徹底させようとしていました。

 

 実際、この報告書でも指摘しているように、亡くなった弟の副社長のCOOが営業のアクセルであり、ブレーキでした。ところが、ほかにCO-COOを認めたことから、経営にブレーキがかからなくなりました。弟が亡くなると取締役でもないこのCO-COOが営業の絶対権限をもつようになり、そして人事権までも有するようになったのです。

 

 思えば、兄弟だからCEOとCOOの関係が維持できたのであって、他人ではCOOをこなせなかったのではないかと思います。会長が営業に関与していたということも仄聞していますので、まったくこのCO-COOが不法行為をいとわず、強引に収益目標を達成しようとしたという報告書の構成、文脈には違和感があります。会長はオブザーバーとして執行会議に参加していたこともあります。

 

 この点は推測ですが、岡野会長をかばうため、第三者委員会のインタビューを受けた役員たちが口を閉ざし、口裏を合わせた可能性もあります。建前としての執行と経営の分離がそれほどクリアにされていたとは思えません。この報告は第三者委員会としての報告ですので、金融庁の検査、あるいは刑事事件として立件されたときの検察の判断とは別ものとなる可能性があります。報告書は会長とのメールのやり取りがないことからも会長の関与がないことを推定していますが、委員会としての限界かと思います。

 

◎金融庁はスルガの実態を知っていたのか

 

 6、7年ほど前のことですが、ある金融庁OBから「実はスルガ銀行の経営には問題が多い」と聞いたことがあります。収益性は高いと反論しましたが、彼は同意しませんでした。報告書には、銀行と取引のある不動産仲介業者の管理システムについて「チャネルPRMにおいては、稼働当初から、「不良情報」という情報を登録することが可能な仕様となっていた。この不良情報には「書類偽造」「顧客属性の偽り」「金額虚偽、物件瑕疵」「チャネル先所在不審」といったプルダウンメニューがあった。これは、裏を返せば2008年当時、既にスルガ銀行が、このような不良行為を行うチャネルの存在を認識していたことを意味する。」という指摘があります。

 

 つまり、10年も前から悪質な業者が存在し、融資に必要な書類に偽造があったことを示唆しています。かぼちゃの馬車事件で預金の金額虚偽記載などが明るみに出ましたが、すでに問題が生じていたことになります。すべてではないにしても金融庁は融資手続きの不正は知っていたはずです。この10年間に間にスルガ銀行に立ち入り検査を入れていますので、見逃しているわけはありません。処分を保留していたか、あるいは報告徴求による経過観測としていたのかもしれません。

 

 また、メールの分析からも、業者からのリベート、キックバックを社員が受け取っていたこともわかっています。事実が認定されれば、法律違反です。現在、金融庁がどこまで検査で情報を集めているのかわかりませんが、こうした違反事実が出てくると、行政処分は相当重くなるはずです。

 

◎スルガ銀行の今後

 

 今後、スルガ銀行の投資用不動産ローンの一部(シェアハウス融資)の激減が予想されますが、マーケット自体が消えたわけではないので、ビジネスモデルはまだ成立しています。今年の決算は引当の増加によって大幅な減益となることが見込まれますが、有力顧客基盤は厳然として残っているので、相応の収益は期待できのだろうと思われます。

 

 問題はどれだけの基盤が残るかということです。金融庁の処分によって一部業務停止が想定されます。その処分のレベル次第では、有力顧客基盤を失う可能性もあります。さじ加減に注目します。