· 

平成30年度金融行政方針の着目点

金融庁は9月26日、「金融行政のこれまでの実践と今後の方針(平成30事務年度)」を公表した。これまでの「金融行政方針」と当該年度の実績を振り返った「金融レポート」を合体させ、過去(実績)と方針を並列し、読みやすい形式となった。金融界として関心が高いのは当然、前者の行政方針の部分。新しい行政方針が随所に盛り込まれているが、新機軸として、①金融デジタライゼーション戦略として金融行政方針を整理したこと、②高齢化社会におけるフィナンシャル・ジェントロジー(金融老年学)を踏まえた投資家保護の検討が挙げられる。

 また、スルガ銀行のシェアハウス融資問題の反省から、とくに「投資用不動産向け融資」についてのモニタリング強化を括りだしたほか、FATF(マネーロンダリング対策・テロ資金対策について国際的な協調指導、協力推進などを行う政府間機関。国際規制に基づく加盟国への勧告なども担う)の対日審査を意識し、マネロン対策の強化にアクセントが置かれている。また、従前から金融庁が指摘してきた地域金融機関の本業の赤字が拡大していることと、持続可能なビジネスモデルの構築の促進もさらにトーンアップして書き込まれた。

 ほかにも留意点、注目点は多々あるが、これらの詳細な解説は新聞解説とシンクタンクのレポートに譲るとし、以下の2点だけについてコメントしたい。

◎「金融育成庁」が公式文書に初掲載

 

 今回のペーパーは遠藤新長官の性格がそのまま反映されたようなスカッとした分かり易い行政方針だと思います。ただし、やや違和感が残るのは、いわば政治家、政治のフレーズであった「金融育成庁」という用語を公式の文書に書き込んだことです。

 

 麻生大臣が処分庁から育成庁へとならなければならないと国会答弁するのはいいとしても、当の金融庁がみずから金融育成庁になると公言、明記したことには驚きを隠せません。察するに遠藤新長官が何か、金融行政の転換をイメージするキャッチフレーズが欲しかったから入れたのかもしれません。金融育成庁の長官の遠藤ですと。

 

 ただし、公の文書ですから、政治家の言葉とは違い、用字・用語には厳密な定義が伴います。定義はこうなっています。冒頭部分で「金融庁は金融行政の目標を達成していくため、「金融育成庁」として、この変革期において金融サービスの向上が着実に実現されるよう、こうした課題にしっかりと取り組んでいく。」

 

 この部分が最初の表現です。育成とは、誰を(何を)育成するのでしょうか。育成には主語と目的語が必要です。言葉遊びのように思えますが、この定義は極めて重要です。それは金融行政の目的にかかわってくるからです。

 

 当初、処分庁から育成庁になるという言葉が広がったとき、金融機関を処分するばかりではなく、金融機関を育成しろという趣旨でした。この言葉自体も曖昧なのですが、要は金融機関の経営強化にこそ金融庁は注力すべきだという趣旨だったと思います。

 

 それが次第に変形し、「経済の再生に資する金融仲介機能を育成していくための、新しいアプローチ、行政手法が必要となる」(2016年越智金融担当副大臣挨拶)となり、経済の再生のための金融仲介機能の育成・強化を図ることが金融庁=金融育成庁の役割だと定義されました。このときは、金融仲介機能の強化、つまり目詰まりなき銀行の貸出が意図されていました。

 

 ところが、今回の方針では、「利用者にニーズにあった金融サービスの向上の実現」へと変形しています。守備範囲が拡大しています。しかも、ここで視点が大きく転換しています。利用者、つまり個人、企業からみた金融サービスの向上という目的を設け、これに沿った金融行政を展開することが、金融育成庁の役割というロジックになっています。ある同一の現象を反対から見ただけではないかと指摘されるかもしれませんが、それは少し違います。

 

 反対に立場に立つということは利用者=消費者側の立場に立つということですから、厳密にいえば、金融庁は「金融消費者保護庁」を目指すということになります。現に世界には金融消費者保護庁という行政組織を置く国があります。なお、「金融育成庁」と鍵カッコで表現したのは、まだまだ定義と目的に曖昧さが残っている後ろめたさがあると読みました。

 

「金融育成庁」となるために、「金融が様々な主体による経済取引の大宗に関連する幅広い概念であることを踏まえ、金融庁の所管にとらわれず、国全体として最適な資金フローが実現しているか、どうすればより良い均衡が実現するかといった観点から、課題の分析と政策手段の提示を行っていく」という姿勢は、随分と前のめりです。

 

 よく金融庁とバッティングする経産省は嫌がるでしょう。年金を抱える厚労省、日本郵政を所管する総務省はきっと構えます。勿論、金融庁の提言・政策によりますが、例えば、金融機関に国債を買わせないとしたら日銀、財務省も関心を示すかもしれません。いずれにせよ、そこには政策官庁たらんとする意気込みがあります。(たとえば、ゆうちょ銀行のポートフォリオを巡って、総務省と論戦を戦わせるというシーンが見られるのでしょうか。iDeCO(個人型確定拠出年金)を廃止して、積立NISAに統一なんてことを提言するのでしょうか。)

 

◎画期的な金融老年学の取り込み

 

 スルガ銀行の不祥事によって、投資用不動産向け融資のモニタリングが強化されます。全金融機関に横串を入れたモニタリングを実施しますから、これで市場は当分、閉店状況となるでしょう。今回の行政方針で示された投資用不動産向け融資についてのモニタリング項目は非常に厳しいものです。こんなことを常に要求されるのなら、投資用不動産向け融資は手間がかかり過ぎ、銀行にとって負担が大き過ぎます。本来なら、融資先が行わなければならない事項まで事実上、銀行が負担するよう要請されています。

 

 こうした処分色、規制色の強いテーマがいくつかあるなかで、明るい方針があるのが救いです。「高齢化社会における金融サービスの在り方を検討する」とのこと。三井企画市場局長が音頭をとるとのことなので、着実に、実務的に進むことと思います。老化による判断能力の低下を前提とした金融取引のルールを作り、その環境整備を図るということですから、今後、大きなテーマとなることは必至です。民法、金商法、銀行法の改正につながる可能性があります。また、老人の保有する金融資産の額は馬鹿になりません。しかも塩漬けになる可能性の高い金融資産です。ここが動けば、医療サービス、ヘルスケアにも影響が出てきます。

 

 この部分で珍しいのは、金融庁が銀行のビジネスモデルの転換につながると指摘したことです。「退職世代等には、家事代行や見守りサービス、医療、ヘルスケア等の非金融ニーズがあり、そうしたニーズに対し、金融機関は、グループ内外の金融サービス主体との連携のみならず、地域の非金融のサービス主体と連携することが望ましいとの指摘がある。このように、研究、実務両面で、金融・非金融の垣根を越えて連携することで金融機関が退職世代等の多様なニーズに応えていくことが期待される。」と。

 

「非金融サービス主体との連携」。金融庁は現下の低金利環境のなかで、貸出利ザヤ確保に難渋している金融機関を側面から支援するために、規制緩和に取り組んでいます。業務範囲規制も徐々に進みます。持ち株会社傘下の企業についての規制も緩和されるでしょう。極端な話ですが、銀行はたとえば介護施設・ヘルケアセンターを経営、保有してもいいと思います。保有不動産の活用を大幅に緩和して、収益の源泉にすべきです。それが地域経済にとってプラスならまったく問題はないはずです。

 

 独禁法が改正され、金融持株会社が解禁されて20年経過しました。この間の規制緩和の動きは極めて緩慢です。その間に非金融業者が金融業に進出し、網の目を潜るように自由に子会社を作り、シナジーをねらっています。高齢化社会という切り口だけでなく、ほかにも規制緩和の切り口はあります。その嚆矢として今回の老人金融は、グッドセンスと思います。

 

 病院介護経営など非金融サービスに関しては、地域経済エコシステムの形成というテーマがリンクします。地方創生という観点からも重要な取り組みです。地域経済エコシステムに参加することが、地域金融機関のビジネスモデルの転換になるのなら、ビジネスモデルの転換を促す金融庁からのモデルとしての解になるかもしれません。