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金融庁2000万円報告の読み方

金融庁の金融審議会が6月3日に取りまとめた「高齢社会における資産形成・管理」報告書がその主旨とは別の政治的ハレーションを引き起こし、公的年金制度の頑健性にまで広がっている。高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、「毎月の赤字額は約5万円」となり、30年間の年金生活では2000万円の金融資産の取り崩しが必要になるという試算を示した。資産形成の重要性は十分理解できるが、別の視点で考えてみたい。

◎ 80歳手持ち金融資産の消滅

 

年金生活に入る65歳を起点に「人生100歳」を設計すると、現在の貯蓄では2000万円不足するという試算ですが、別に虚偽の試算とは思えません(ただし、試算の計算式が示されていないため、かなり直観的な表現です)。政治的意図というか金融庁としての意図としては、NISA関係などの税制改正をスムーズに進めるためのレトリックであるのは間違いのないところでしょう。あるデータをどう見るか、解釈するか、立場により大きく見方は変わってきます。よく、あることです。

 

この試算について、小生は「100歳(報告書では95歳)になると貯蓄をすべて取り崩すことになる」というメッセージとして受け取りました。つまり、現状、65歳以上の世帯の貯蓄高は2000万円程度ですから、ちょうどチャラです。

 

ただ、これに自身の介護費用が加わると試算はかなり甘いと言わざるを得ません。金融庁は事後的に国会で3000万円必要になるとの試算も示しました。1000万円分の介護費用というわけです。ほかにも住宅リフォーム費用も含まれているとのことですが、もう少しかかるのではないかと思います(直観です)。あくまで試算であり、前提もかなりアバウトな話ですから、目安として考えるべきでしょう。

 

あれやこれやと追加費用を考えたり、年金受給の主体である世帯主・亭主が先に亡くなる可能性も高いため、最終的に家計の不足はもう1000万円ほど追加すべきでしょう。となると、試算上は平均的には「80歳で貯蓄が払底する」という表現のほうが、実態に近いのではないかと考えます(勿論、実際にはそうなりません。事前に生活費を切り詰めるからです)。

 

総務省の人口統計によれば、65歳の人口は約170万人。この人たちが15年後に金欠になるということです(あくまで平均的ということを強調しておきます)。66歳の人口も約170万人、それが続いて、80歳が110万人。続々と金欠の人が増えてきます。

 

仮に強引に月5万円の赤字を前提とすれば、年間1兆円づつ不足が累積する計算です(大雑把で申し訳ありません)。もし公費で負担するならこれだけの税金が必要になります。一体誰が負担すべきでしょうか。公費負担は非現実的でしょう。

 

5万円の意味はその分の生活費を切り詰めれば金融資産がマイナスになることはないということでもあります。再度、確認いたしますが、平均で5万円の取り崩しということは、65歳の人はもっと取り崩すはずです。95歳の人は取り崩し額もすくなくなります。若い老人にとっては、相当きつい生活をいまから想定しなくてはならないということです。

 

公的年金の性格をあくまで「補助」と確認するとともに自助のための投資と就労(死ぬまで現役というケースも含め)という社会制度の定義を行うべきかと思います。公的年金で老後は悠々自適なんていう夢のような生活は、旧ソ連時代だけのものです。政治家がそのイメージを植え付けているとすれば、大きな罪です。

 

その点、アメリカは企業年金で補強されています。日本の私的年金、あるいは企業年金制度の充実という議論に進めばいいと考えています。今回は、様々な意見が飛び交ういい機会になりました。金融庁の報告書でこれだけの議論を巻き起こしたことは、金融庁にとって想定外であったかもしれませんが、結果オーライと受け止めるべきかと思います。

 

ところで金融庁の報告書の原案を書いたライターはどなたなのか伺ってみると、企画市場局市場企画管理官の和瀬幸太郎氏がメインライターだったとのこと(その下請けの方がいらっしゃるはずですが不明です)。和瀬氏のドラフトが上司の市場課長、参事官、局長へと渡り、承認されたということです。お会いしたことはありませんが、随分、勇気のある方だなと思いました。日銀のご出身で平成10年の入行、いまは金融庁に転籍されているとのことでした。おそらく金融庁プロパーや財務省出身の方ではここまで思い切ったロジックは書ききれなかったと思います。外から新しい血を積極的に受け入れている金融庁ならではの思い切った報告書であると高く評価したいと思います。