日銀は6月20日、共通担保の対象範囲を拡大し、適格性を緩和する措置を決定した。これは日銀と民間金融機関との取引の際に求める担保の対象を拡大するもので、金融緩和の裏付けとなる。4月の金融政策決定会合で基本方針が公表されていたが、その実施細目にあたる。あらためて、なぜ共通担保の適格対象を拡大したのか、また、とりわけ貸出増加支援資金との関係について考えてみたい。
◎銀行の貸出増加の太宗を占める日銀支援貸出
共通担保の対象の拡大・緩和は、民間金融機関との日銀取引の担保不足の解消をねらったものです。国債買入のオペレーションによって民間金融機関の保有国債が激減し、担保が不足したため、国債に代わる担保として、社債については格付A格から投資適格の最低限水準のBBB格まで拡大、企業の振出手形はBBB格という格付け条件も付さず、金融機関が自己査定で正常先であれば認め、地方債に至ってはすべての地方債を対象とすることを決めました。すべての地方債ですから縁故債もOKです。地方公社(開発公社)への貸出も担保とすることができます。本当に大幅な金融緩和となります。
日銀のオペの種類は多いので、ここでは担保拡大による「貸出支援基金の運営として行う貸出増加を支援するための資金供給」への効果のみについて考えてみます。この制度は2012年12月にスタートしたものです。ごく簡単にその仕組みを説明しますと、貸出残高を増やした金融機関に対して、希望に応じ、「増加額の2倍まで金利0%で最長4年間」貸出するという制度です。貸出の増加に直接働きかける金融緩和策として採用されました。
この貸出増加支援資金の残高は現在、約40兆円です。この残高に見合う担保を用意することは大変です。国債買入の影響は様々な局面に表れていますが、担保の確保は金融機関にとっても喫緊の課題であったと思われます。国債担保は日々の資金供給の担保に使われるため、貸出増加支援資金の担保になかなか回りにくくなっていたものと思われます。今回の担保対象の拡大によって、この貸出増加支援資金もはるかに使いやすくなります。
さて、日銀が2013年に異次元緩和を実施して以降、最近まで民間金融機関の貸出はどれだけ増加したでしょうか。貸出にもいろいろと定義がありますが、総貸出・銀行勘定・国内銀行ベースでみると、82兆5000億円ほど増加しています。
貸出増加支援資金の趣旨を勘案しますと、この定義はいささか広すぎます。「企業や家計の前向きな資金需要の増加を促す」という趣旨ですから、金融業・保険業向け、地方公社・地方公共団体向けの貸出や海外円借款も貸出増加額から差し引くのが合理的です。となると、増加額は61兆1000億円程度となります。
日銀が個人向けの貸出増加を図るというのも趣旨といえば、趣旨ですが、どちらかといえば、企業の貸出増加が念頭にあります。実際、基金の貸出先は個人向けではなく、太宗が企業向けです。さらに個人の増加分を差し引いてよさそうです。となると、増加額は42兆円となります(ちなみに、設備投資向け貸出の増加額をみると、27兆7000億円あまり。中小企業向け貸出のそれは65兆6000億円です)。
さきほど貸出増加支援の残高が40兆円と示しました。日銀は残高として(累計としてではなく)40兆円民間金融機関に貸出したにもかかわらず、民間金融機関の貸出増加は42兆円、あるいは61兆円しか増えていないということになります。
民間貸出額増加額の2倍の金額を民間金融機関に貸出したのですから、もっと民間の貸出はもっと増えていいはずです。どうしたのでしょうか。
◎民間貸出は実質マイナスの可能性も
貸出増加支援資金の政策効果を改めて整理しておくべきではないでしょうか。日銀の貸出にくらべて、それほど民間の貸出が増えていないということは、日銀のこの貸出がなかりせば、国内の民間貸出は増えるどころか、場合によってはマイナスになっていた可能性があります。
残高が増えたこと自体は政策効果ですが、意図した効果を発揮したとは評価できません。また、残高の見栄えを勘違いする効果を呼んでいます。日本の金融機関の貸出は増えているとの幻想を与えた可能性があります。メディアは、表面的な貸出増加額、あるいは増加率を報じていましたが、実態ははるかに少なかったのです。
もう一つは、民間金融機関の貸出金利をゼロに誘導したということです。これは政策効果そのものですから、正当です。しかし、金融機関の収益を低下させる副作用もありました。これはいま論争中のテーマですので、ここでは甲乙はつけません。
ただ、直接的に金融機関の貸出に影響をおよぼす貸出増加支援は、営業現場の空気も変えるほどのインパクトがあります。貸出約定金利の低下を促した効果は抜群だったと思われます。ある企業の財務担当者が「日銀から0%で借りているのなら、その金利を適用してほしい」と話していました。
◎特定先企業に貸していないか
まさか、特定の企業への貸出金利をゼロにしているとは思えませんが、この支援資金は特定先の一部の資金となり、継続的に低金利の貸出となっている可能性があります。こうした類推が働く根拠として、支援基金による資金供給の方法は当初、「成長基盤強化を支援するための資金供給」(2010年6月)のみで、途中から「貸出増加支援資金」が追加されたという経緯があるからです。成長基盤の資金は、日銀は建前上、どの企業に貸出したかのトレースは行っていません。しかし、どの分野に流れたのかというトレースは行っています。実際は、個別企業名はほぼ特定されていたと思われます。
こうした資金オペはどうしても同じパターンで行われがちです。ですから貸出増加支援も同じではないかという類推が入ります。間違っているかもしれません。確証はありません。しかし、かつての四半期ごとに民間金融機関の貸出増加額を決めた「窓口指導」を行っていたという歴史がありました。窓口指導の際、具体的な資金使途先をヒアリングしていました。金額水準・枠は単なる「掴み」ではありませんでした。その慣行や心理が残っているかもしれません。
金融機関の預金調達金利はほぼゼロですから、日銀から0%で借りたとしても、実際のところ金融機関全体の調達金利が大きく下がるわけではありません。金融機関のコストとしては意味がほとんどありません。にも拘わらず、今回、民間金融機関がこの制度を使いやすくする担保の対象を拡大したというのは、勿論、日銀が金融緩和を維持するために必要と判断したわけですが、民間側の事情も働いていると考えるべきです。そこには、ヒモ付きという事情があると考えています。特定先への貸出という実態があるかもしれません。グレーです。
仮に日銀がこの資金供給を停止したとしても、単に金融機関の調達コストの低下手段として扱っていたのなら、混乱はないでしょう。しかし、ある銀行の資金担当者は「困る」と話していました(困らない銀行もあると思いますが)。何らかの言うに言われぬ事情があるのは確かです。
◎ゼロ金利感覚の蔓延と資産の劣化
この貸出増加支援資金供給は、一種の特融です。特融は無担保ですが、この資金供給は担保付きの特融です(ですから特融ではないのですが)。何が言いたいのかというと、ゼロ金利で借り続けるという金利感覚のマヒが生じていないかということです。担保さえあれば、ゼロ金利でいくらでも借りられる(制度上は無制限です)という金融取引が民間金融機関の経営感覚をマヒさせていないかということです。
最後にもう一点、問題点を示します。貸出増加支援は、民間金融機関の資産の劣化を誘導するということです。BBB格社債を買うかもしれません。そして優良企業の手形担保で低信用企業への貸出が増えることは、金融機関全体の資産の劣化を意味します。縁故債という国債に劣後した債券も増加します。貸出増加支援とは、金利ゼロで借り入れて、高いリスクへの投資を促進するという仕組みです。このことは、貸出約定金利の低下よりも深刻な事態を誘引するかもしれません。プルーデンス政策として、その必要性について捉えなおすべきだと考えます。
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