金融庁の金融審議会「決済法制及び金融サービス仲介法制に関するワーキング・グループ」(決済WG)が、昨年12 月20日に公表した報告書は、現在の金融制度を大きく変える画期的な内容を盛り込んだ。大きな視点からみれば、①もはや決済が銀行固有の業務ではなくなること、そして、②幅広い金融商品の仲介者として「新たな仲介業」を認めたことから、証券会社の認可制、保険会社の免許制がゆらぐこととなる。報告書を単に資金異動業者の扱う送金額の上限規制がなくなると理解するだけでは、今回の制度改正の意義を見失うだろう。
かつて証取法が金商法にとって代わることによって、証券会社という名前が法律から消滅した。銀行もその根拠法である銀行法が消滅するわけではないが、銀行法に定めた業務範囲は事実上、他者を排除する固有の保護された許可業務ではなくなる。金融庁が目指した金融制度改革は、今回の「横断的法制」によってほぼ完成し、残るは銀行持ち株会社制度と事業持ち株会社制度とのイコールフッティングの調整のみとなった。
◎決済の自由化
金融庁が新たな金融制度改革に取り組み始めたのは、2017年の11月のことです。「金融制度スタディ・グループ」という検討会を立ち上げ、①同一の機能・リスクには同一のルールを適用(金融機能を決済、資金供与、資産運用、リスク移転に4分類し、機能・リスクに応じたルールの適用を検討)と、②金融規制に関する基本概念・ルールの横断化の検討に着手しました。
今回のWGによって、「その所期の目的はほぼ達成」(金融庁)されることになります。今年の通常国会に法案を提出する準備を進めていますので、順調に行けば6月にも新しい金融制度の枠組みが決定されます。ここでは制度の細部の解説は省きますが、決済WGの意義を再確認しておきたいと思います。
日本の金融制度は業者ごとに区分され規制されてきました。それが、金商法の登場によって、証券業が解体され、証券会社の名称も法律からは消え、第1種金融商品取引業登録業者、第2種金融商品取引業登録業者といったように機能別の業者に分解されました。日常的に証券会社という名称は使用されていますが、法律の上では証券会社は存在しません。
今回、銀行法は廃止されるわけではありませんが、銀行業の解体が今回の法改正(商品販売法の改正)で行われます。勿論、銀行も銀行の名称も残ります。しかし、銀行固有の排他的な業務は預金業務を除き、存在しなくなります。誤解を恐れず、極端な表現にしますと、銀行は預金取扱業者となります。ほかの業務は排他的ではなくなるからです。
ご承知のように貸出はすでに、とうの昔から貸金業法などによって制度整備され、ノンバンクの存在感も強くなっています。今回、資金移動業者の決済額が、青天井になり、決済業務が銀行以外に開放されます。銀行決済は各決済業者の最終尻の調整と日銀との資金取引きという利益の伴わない業務になります。(銀行が預金業務だけ行うということではありませんので念のため。銀行の3大業務である預金、貸出、為替のうち、為替が自由化されるということです)
ただ、銀行はこうした制度改革にともない、資金移動業の子会社を設立すると見込まれていますので、その利益はグループ内に留まるはずです。フィンテック業者との連携によって、新しい決済サービスを作り出していくことになるでしょう。
また、現在、給与の支払い手段として資金移動業者への送金が検討されています。厚労省が労基法上の扱いを緩和すれば実現します。これも実は大変な社会的なインパクトがあります。サラリーマンの給与振り込みの口座が銀行から資金移動業者へと移っていくからです。その資金をキャッシュレスの決済にそのまま使えます。残った資金は運用会社に送金すればよいのです。あるいはポイントが付くかもしれません。
送金手数料も当然、銀行の送金よりも安くなります。スマホで家計管理するときにも便利でしょう。当たり前の給与振り込みという光景が消えていくかもしれません。決済の自由化は、現金が使いにくくなる世界を誘導します。社会システムを変えるものなのです。
投資家保護あるいは預金者保護、決済の保護は、まだ調整がついていないのではないかと思われます。未調整のままでいこうという、一種の思い切りがあります。決済業者が倒産したとき、どこまで保護するのかといったテーマは、預金の保護の議論のように厳密には考えないということだと思われます。むしろ、簡潔でスピーディでしかも安価な決済は、利用者保護の利益を上回る社会的な便益があるという判断だと思われます。この判断も画期的です。
◎新しい仲介業の業務範囲
「新しい仲介業」は、銀行、証券、保険会社の取扱商品をほぼ「媒介」することができます。オールラウンダーの金融業者です。ネットでの業者をイメージしていますが、対面方式も含まれます。ただし、代理店ではありません。あくまで、貸出、預金、株式などの有価証券の媒介、保険の媒介です。
しかし、代理店となることも可能ですから、いわばブッキングも媒介も可能になります。FPというよりも顧客に密着した存在になります。オンライン業者のイメージが強いのですが、実は対面も含まれますので、なんでもありありの業者が登場するのです。新しいアイディアです。
ただ、新しい仲介業について、当局が念頭に置いているのは、リーテイルです。ホールセールの世界ではありません。銀行も証券もそして保険も、この区分けが次第に明確になっていくのではないかと思っています。アメリカでは、すでにブローカー証券会社は事実上、消滅しました。投資銀行、あるいはネット証券へと変貌しました。金融は運用の世界へと特化し、変貌していくことになります。
◎業者概念の否定
今回の金融制度改革は、既存の銀行、証券、保険という業者概念を消し去り、横串で、機能別に制度を作り替えるという壮大な試みです。世界にも例のない取り組みです。当局は、業者をモニタリングするのではなく、行為をモニタリングします。監督行政の大転換でもあります。
残された金融制度改革のテーマは、持ち株会社の扱いです。ソニー、イオンなど事業会社が金融持ち株会社を完全子会社としていますが、銀行の金融持ち株会社は独禁法との関係から、事業会社の株式保有に制限がかかっています(5%ルール)。同じ金融業を展開するのに、かたや商流との連携がしやすく、かたや禁止です。イコールフッティングをどう考えるかという問題です。この問題については別の機会に述べたいと思います。
ごく、あっさりと今回の制度改革の意義について書きましたが、これに沿って金融ビジネスとその主体が入れ替わっていくことになります。かつて地図上のランドマークは銀行の支店でした。それが、いまやコンビニに入れ替わっています。金融業の担い手のイメージも変わるでしょう。いまも、小生の自宅にヨドバシ・ドット・コムの配達がありましたが、そうしたドライバーが代替する日も近いのかもしれません。
*WG報告は下記の通り。
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20191220/houkoku.pdf
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