頓挫したデジタルマネー賃金

厚労省で検討していた資金移動業者の口座への賃金支払い、いわゆるデジタルマネーによる賃金支払い構想が頓挫した。昨年の政府の成長戦略に盛り込まれたものの、確実な賃金支払いを求める労働側(連合)の反発が強く、予定の今年度末までに実現するという方針を変更ないし中止せざるを得ない状況となった。議論の場となった厚労省の労政審議会では、多くの問題点が労使双方から指摘されており、それぞれ解決の方向性がまったく見えていない。労政審で指摘された項目以外に構想の背後に大きな課題について考えてみたい。

 

◎賃金と少額資金の支払いを同一視していいのか

 

 資金移動業者の口座への賃金支払いの解禁―銀行からの給与振り込みでなく、会社(使用者)が社員(労働者)の資金移動業者の口座に直接、給与を送金するという構想を厚労省(労政審議会)が検討してきました。しかし、約束のタイムリミットであった年度末までに解禁という結論をだすことができませんでした。案の定という感があります。これは昨年の政府の成長戦略において、国家戦略特区構想の目玉のひとつとして、「新たな生活様式」に対応した規制改革の推進という名目で浮上したテーマでした。

 

 かつて、賃金の支払いは現金でしたが、いまや銀行給振が一般的です。その賃金を直接スマホで決済できるようにしようというもので、たとえばQRコードを使い、〇〇Payで決済するとき、銀行口座から一度、スマホに資金を移動させるという手間もかからず、便利なサービスのように思えました。

 

 しかし、ここで素朴な疑問があります。少額支払いと賃金の支払いを同一視していいのかということです。たとえ少額であっても賃金は賃金です。労働の対価です。何かの買い物の決済資金ではありません。労働債権は、たとえば会社更生法において賃金は納期の来ていない税金と同様に最優先で支払われ、抵当権付き債権より優先されます。また、民事再生手続においては未払いの賃金は抵当権付き債権に次ぐもので税金と同じ優先権が認められています。だから、お金の質が違うのです。

 

 また、銀行は厳格な行政の監督下にありますが、資金移動業者は登録業者に過ぎず、送金を保証するシステムが脆弱です(仕組みに説明は割愛します)。最大のポイントは資金移動業者が破たんしたとき、どのように労働者を保護するのか、その制度がないことです。厚労省も昨年の夏、政府の成長戦略に挙がったものの、なかなか腰を上げずにいました。労使ともに反対だったからです。賃金を確実に支払うことは労働行政としても極めて重要なテーマですが、そこが担保されていないと考えていたからです。今回の一連の議論で労使ともにセーフティネットを要求しています。当然のことです。

 

◎デジタル賃金の保険コストの算出が難しい

 

 ところで、デジタル賃金の運営コストは一体どのくらいかかるものなのでしょうか。支払いを厳格にすればするほどコストがかかります。資金移動業者の支払いに銀行または保証会社の保証を付けるという案もあります。さらに保険会社の保険もあります。

 

 その保証や保険料は一体いくらになるのでしょうか。労政審議会では保全のための保証料や保険料の多寡については、まったく議論されていません。ただ、必要だというだけです。およそ制度を新たに作るときは、事前にコストがいくらかかるかをシミュレーションするのは常識です。それがないのです。不思議な話です。

 

 保険会社からみると会社の賃金支払い能力の査定ということになります。銀行の融資審査と同じか、それ以上の審査が必要になります。デューデリを行い、キャッシュフローを見なければなりません。厳密に言えば、毎月の保険料は変動させなければならないでしょうし、その保険料を決めるには時間もかかります。そんな賃金支払い補償保険を引き受ける保険会社は本当にあるのでしょうか。考えただけでも保険料が高くなることが想定されます。

 

 また、保険金の支払いのタイミングもあります。会社が資金ショートして支払い不能となることが判明してから、支払うとしてもどうしても遅れます。給料日に払われることはないでしょう。

 

 資金移動業者は口座からの送金手数料が安いことを強調しています。しかし、保険料込みの価格を提示していません。さらに、滞留資金(労働者が入金された賃金を使い切れず残った場合、口座残高に見合う供託金を積む必要があります)のコストも顕在化する可能性があります。いまは超低金利なので、仮に保険でなく供託した場合、滞留した資金コストは微々たるものでしょう。しかし、ひとたび金利が上昇すれば、そのコストを負担しなければなりません。サービス価格に転嫁しなければなりません。

 

◎会社の経理負担も大きい

 

 ということは、デジタルマネー賃金のコストは、業者が説明するように安いものではないのです。さらに、使用者側のコストも増えるということも見逃せません。これまで銀行に給振データを渡すだけで済みましたが、これを分割して支払わなければなりません。毎月の給料は変動します。変動に応じて支払い指示をだすことになりますが、最悪の場合、銀行口座あるいは資金移動業者口座のいずれか、あるいは両方に不払いが生じるときもありえます。そうしたケースを織り込んで事前にルール作りをすることになりますが、会社の経理部の事務がそれこそ複雑となり、大混乱に陥る可能性があります。

 

 実は会社側の負担も大きいのです。実務面の負担についての議論はあまりなされてきていません。これも解禁ができなかった理由のひとつになっています。コストは最終的に労働者へのしわ寄せとなり、サービスの価格に転嫁されることになるはずです。スマホをもっている労働者はタダでサービスを得ることはできないのです。

 

◎滞留資金の出資法違反対応をどうするか

 

 コストの次は、ルール違反への対応という課題があります。ひとつは、滞留資金について違法となる可能性があるということです。労政審でも当初から議論になっていた点です。

 

 資金移動業者の口座には、多分、滞留資金が貯まります。定期的に入金されるので、おそらく根雪のように積み上がっていくでしょう。そもそも送金のための業者であって、滞留資金を貯めることを法律は想定していません。現実に預り金と同じ性格を帯びれば、出資法違反です(滞留資金にポイントを付けるというキャンペーンを展開しようとした無知な業者もしました)。

 

 何らかのルール(金融庁は資金移動業者の滞留資金についての資金決済法ガイドラインを昨年末に公表済み)で出資法違反を回避するしかありません。このガイドラインがあったとしても多分、違反するケースはごろごろと出てくるでしょう。出資法違反は刑事罰です。金融庁は出資法の解釈について照会があったときに説明する義務がありますが、違反の事実を把握したときは警察や検察などの捜査当局に情報提供するだけです。厚労省が主体となって監督するしかありません。できますか?

 

 この問題は労政審でも整合的な解は示されませんでした。使用者側と労働者側を監督する厚労省だけでは対応不能ですし、およそ複数の官庁にまたがるような監督は機能しません。つまり、デジタルマネー賃金の違法状態のチェックが効かないのです。

 

◎マネロン対策ができるのか

 

 政府の未来投資会議の場でフィンテック協議会が要求したデジタル賃金構想を読むと、本人確認に対する甘い認識とマネロン対策への意識の欠如が露骨です。

 

 まず、前者、「銀行等での口座開設が困難な方でも金融サービスが受けられるようにできることは重要であり、ペイロール・カードやスマートフォンでの決済・送金を提供する資金移動業者が開設する口座への給与の支払を認めることが妥当と考えられる」―趣旨はよく理解できます。しかし、銀行口座すら開設できない人の本人確認をどうするつもりなのでしょうか(銀行が口座新設を認めない人の本人確認です)。

 

 しかも、「他事業者(銀行やクレジットカード会社以外でも)による本人確認手続の結果を確認することで、本人確認やマイナンバーを重ねて提出することは不要としていただきたい」とあります。これは企業グループ内で本人確認を使いまわすことを認めてほしいというものです。

 

 銀行やクレジット会社“以外”での本人確認ですよ。具体的にどうするのか示されていないので、なんともコメントしようがありませんが、銀行やCCの審査なしで、自前で本人確認し、それをグループ内で共有しようということです。こんな甘々なKYCが認められるのでしょうか。本人確認を自ら行わず、銀行に依拠した結果、ドコモ口座事件が起きたことは記憶に新しいところです。

 

 まして、マネロンについては、ノーコメントです。マネロン資金判断、マネロン犯罪データへの照会に銀行は多額のコストをかけてシステムを構築しています。資金移動業者が本当に独自にシステムを構築するのでしょうか。多分、不可です。それほどのコストをかけてしまえばビジネスとして成立しないでしょう。

 

◎そもそも外国人労働者対策

 

 デジタル賃金は、2017年12月に東京都が外国人労働者を念頭に要望していたものです。翌2018年12月にこれが国家戦略特区構想(全国ベース)に引き上げられたという経緯があります。ここで小さなボタンであった構想を大きなボタンにしてしまったことに、つまずきの原因があります。

 

 ある金融庁の幹部氏が「これは外国人向けなんですよ」と解説してくれました。ならば、構想を小さくしてアメリカ型のペイロールか、プリカ程度にすべきではないでしょうか。


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預金保険の剰余金を地銀再編のために使えるのか

金融庁は金融審議会で地銀の統合支援のために、追加的な初期コスト(システム投資等)の一部を公的資金で負担するという政策を明らかにした。事実上、政府による補助金である。この「資金交付制度」の財源は預金保険機構の金融機能強化勘定の剰余金の350億円である。しかし、本来はこの交付金は法的根拠のある補助金として来年度の国家予算に組み入れるべき資金ではないのか(地銀再編特別法として)。しかも、そもそも本当に預保の資金を使ってよいものなのか。

 

◎第1の論点―本来は新法を作るべきではなかったか

 

 預金保険機構の財務勘定は、預金保険法だけでなく様々な金融セーフティネット法制ごとに勘定区分され、現在、9つの勘定の集合体になっています。金融機関が預金保険料を納付しているのは、一般勘定(金融機関が経営破たんしたときに支払われる預金保険の原資となる準備金を積んでいる)だけで、ほかの勘定はすべて預金保険機構の借入または預金保険機構債(ただし政府保証付き)が原資となっています。以上がおさらいです。

 

 さて、今回、金融庁が公表した「資金交付制度」構想の公的資金の出どころは、預保の金融機能強化勘定の剰余金です。金融機能強化法が根拠となっている勘定です。金融機関の資本不足を補うために、これまで主に優先株式として4800億円(6840億円投入され、2000億円返済)ほど投入されています。純粋な公的資金です。

 

 優先株式ですから配当があります。しかも、普通株式よりも高配当です。こうした金融機関からの配当金と、加えて優先株式の買戻し(返済)にともなうキャピタルゲインが226億円ほどになり、併せて利益剰余金として2019年度末で560億円ほど貯まりました。ただし、来年度からはある事情から200億円ほど剰余金が減少しますので350億円ほどが、今回の政策の原資となります。

 

 さて、ここから本題です。そもそも預保の剰余金を補助金(行政裁量的に)として流用することの是非です。金融庁は「将来国庫納付することが予定されている、いわば公的な資金を活用させていただくということ(だから正当化される)」と説明しています。

 

 余っている資金なのだから使えるというのは、随分と乱暴な根拠です。ここに、素朴な疑問が生じます。①本来は立法をもって予算要求すべきことがらではないか、②そもそも使ってよい資金なのか。また、使って問題は生じないのか、③そもそも金額は十分なのか、という点です。

 

 地銀の再編に必要な資金ならば、国会で審議した法律に基づき、国家予算に計上して使うのが本筋です。そうであれば、剰余金の流用という中途半端というか小手先の政策ではなく、正々堂々と予算要求すればよいのです。

 

 なぜ、そうしなかったのか。流用を正当化する金融機能強化法あるいは預保法の改正では、国会の審議に熱は入らないでしょう。しかも、「余っているカネ」という説明を受ければ国会議員も、別に構わないのではないかと安易に考えるのではないかと推察します。

 

 それが「地銀再編のための資金援助法」となれば、国会審議はそう簡単には通らないでしょう。特定の地域の地銀に対する補助金助成法案ですから、その必要性を説明することに相当の労力が求められます。しかも、補助金はいくらになるのかという議論になるはずですから、審議がすんなりと通るとは思えません。それに信金、信組も黙ってはいないでしょう。剰余金の流用は、逃げたという印象がぬぐえません。

 

 国会審議のプロセスを経ない政策は所詮、アドホックなものになりがちです。仮に金融庁が本腰を入れて資金援助法を作れば、金融行政において初めて補助金制度が作られたことになり、その意義は大きいと思われます。現行の金融機関の破たん処理や資本注入の法律は金融システムの安定という大義名分に基づくもので、今回のように個別銀行経営のPLに収益として資金を入るものではありません。今回は純粋な補助金です。

 

 金融行政において補助金として機能してきたのは、かつての店舗行政が代表的なものであったと思います。店舗が増えれば収益が伸びた時代の行政です。しかし、いまは金融庁にそうした手立てはほとんど存在しません。そうした、いわばアメがなくなった行政にとって、この補助金は意味を持ちます。ちなみに、経産省が作った「産業競争力強化法」という事業再編のための法律もあります。やればできるという見本ではないでしょうか。

 

◎第2の論点―そもそも預保の剰余金は使ってよいのか

 

 余っているのだから使える―確かに、いまは使えます。しかし、この剰余金を計上している金融機能強化勘定は、将来、赤字にならないかという懸念が払しょくできません。令和1年度のこの勘定の剰余金は560億円あります。しかし、今回使えるのは350億円と公表されました。この約200億円の差額はどこから生じたのでしょうか。剰余金が560億円あるのなら、そのまま560億円と公表すればよいのです。

 

 実は令和2年度決算で200億円減額することが予定されているのです。預保の実働部隊である整理回収機構(RCC)が、地銀等への資本注入の実務を担い、その借金の証文である優先株式を保有しています。優先株式の額が大きいため、地銀がRCCの持分法適用会社となり、保有先金融機関の損益がRCCの決算に反映されます。令和1年度において、保有先金融機関の有価証券運用について減損処理したため、200億円の穴が空きました。これが預保の金融強化勘定の令和2年度決算に反映されるのです。だから350億円なのです。今後も同じような事態が起こるかもしれません。

 

 そもそも剰余金といっても、いま現在余っているだけで、確定した剰余金ではありません。預保(あるいはRCC)が保有している優先株式の時価の問題もあります。公的資金を投入した地銀の株価が下がっていけば、簿価と時価との差額が大きくなります。いわば含み損を抱えることになります。勿論、反対に、常識的には時価が簿価を上回れば、資本を入れた地銀は公的資金を返済するでしょう(これがもっとも望みうる状況です)。

 

 金融機能強化勘定は時限勘定です。その期限は、3度延長されてきましたが、いつかは期限を迎えます。そのとき赤字であればどうなるのでしょうか。

 

 延長してきたから、また延長すればよいという声もあります。どうせ恒久化するしかないから時限には意味がないという方もいます。そうかもしれません。しかし、そうするには国会審議を経なければなりません。国会審議が荒れる、あるいは政権が交代する、なんらかのハプニングが起こることも想定しなければなりません。したがって、建前としては赤字になったときの対応を考えておく必要があります。

 

 方法は二つあります。財政による補てんか、あるいは預保のほかの勘定からの付け替えです。筋論から言えば、冒頭に書いたように政府による公的資本注入した勘定なのですから、前者が正しい結論になります。しかし、多分、国会は紛糾するでしょう。財政による補てんは税金の投入ですから。

 

 となると、後者になるかもしれません。これには前例があります。かつてRCCの住専勘定をクローズするときに1.4兆円の損失・赤字があり、実務的にクローズすることができませんでした。それを政府と民間金融機関とで折半したとき、3000億円ほど預金保険料で積んでいる一般勘定から付け替えたのです。いまから考えても、よくやったなという感じです。なぜ、金融機関の破たん処理のための保険料を積み立てていたのに、住専の赤字を埋めるなんて、筋違いも筋違いです。できるのでしょうか。

 

 いまだに新生銀行の公的資金は返済されていません。含み損を抱えているからです。この現実をみれば、預保の幻というべき剰余金に手を着けるのは、いかにもいかにも筋が違うと思わざるを得ません。

 

◎第3の論点―金額は十分なのか

 

 金融庁は350億円を原資に10行に30億円程度を配るつもりのようです。30億円は平均ですから、まあ10億円から50億円かもしれません。いずれにせよ、このレベルの額で地銀の再編のインセンティブになるのかどうか。システムの統合負担は相当な額に上ります。ケースにもよるでしょうが、この金額だけで再編ができるわけではないでしょう。実際、そうコメントした頭取もいます。呼び水になるという声も聞きますが、それは期待するほうの見方であると思います。

 

 破たんを避けて再編というシナリオならば、破たん処理に準じた金額の投入まで許されるのではないでしょうか。ならば、30億円はあまりにも少な過ぎます。補助金なので、いわば挨拶代わりかもしれませんが、政策としてはこれまた本筋ではないと思います。むしろ、公的資金を注入したうえで、再編するというほうが、よほど本筋ではないでしょうか。それが限りなく国有化に近いものであっても。

 

◎政権への忖度ではないか

 

 貸付交付金というアイディアは、金融審議会の銀行制度WGの審議の最後の最後に事務局である金融庁から提案されました。議事録を読む限りでは、昨年の11月の1回の審議で終了しています。制度WGでは規制緩和がメインテーマでした。ファイアーウォールや業務範囲規制の緩和が議論されていたとみていたら、ところが「突如として再編補助金が出た」(関係者)のです。

 

 このタイミングは菅総理の地銀が多過ぎるという発言に沿った動きと捉えかねられません(独禁法の特例法が成立したという事実もありますが、制度論議の場でなぜ補助金なのかという違和感があります)。「忖度ではないか」という声を聞きました。総理の意向に沿った政策であれば、確かに官僚としてプラス点でしょう。そうした憶測を生んでしまったことに、残念ながら後味の悪さを残しました。

 

 https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/ginkouseido_wg/siryou/20201216/siryo1.pdf

 


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改正金融機能強化法とリファイナンス狙いの銀行

金融機能強化法が改正、施行され、経営者責任を問われず、また収益目標を約束しなくとも公的資金が借りられることとなった。菅総理の地銀再編発言もあり、先の地域銀行の再編についての特例法とこの改正金融機能強化法により地銀の統合が進むという話題が盛り上がっている。しかし、関係者の話を聞く限り、再編の動きは聞こえてこない。昨年、発動した早期警戒制度による行政処分を一時停止し、むしろ、改正金融機能強化法による公的資金の返済資金のリファイナンスを優先させようとしている金融庁の方針が注目される。

◎菅総理の誤解?

 

 菅総理が9月2日の自民党総裁選の出馬表明会見で「地方の銀行について、将来的には数が多すぎるのではないか」と発言し、さらにその翌日、「再編も一つの選択肢になる」と再編に唐突に言及したことには、いささか驚きました。およそ、一般の国民が関心をもつ政策テーマなのかどうか疑問だからです。おそらく、銀行関係者を除けば、それって何の意味があるの?自分の生活に関係あるの?という反応だったと思います。

 

 菅総理は誰かに地方創生と地銀再編がリンクすると囁かれた(アドバイスを受けた)ものと思われます。結論から言えば、リンクなんかしません。おそらく誤解です。地銀再編によって、地銀の経営力が1+1=2以上になると誤解したのだと思います。しかし、規模の利益を追った昔はともかく、いまの再編は、1+1=<2が現実です。縮小均衡の手段といっても差し支えありません。菅総理は経営体力、つまり資本バッファが厚くなれば地域の中小企業のリスクを取れると考られたのだと思います。

 

 残念ながらいまの再編はそのような夢物語に結びつきません。現実には、たとえば取引先企業の選別が強化されます(再編する際に互いに資産をデューデリしますので)。金融支援の打ち切りが目に見えています。廃業や倒産も加速するはずです。本当に菅総理がこうした新陳代謝を促進するような新自由主義的な発想を持たれているなら、確信犯ということになります(多分、違います)。

 

 菅総理発言は公的資金にリンクする話題です。霞ヶ関、本石町の関係者からその発言の真意についてどう見ているのかと伺った結果を総括すると以上となります。いろいろな見方が出ました。総理と昵懇の大樹総研筋からのアドバイスという見方もありました。単に内閣官房の側近たちや金融庁幹部からのレクを自身で解釈したという見方もありました。ただ、共通していたのは誤解ではないかという解釈でした。(何か大構想を練られているのであれば失礼致します。一応、イクスキューズさせて頂きます)

 

◎狙いはリファイナンス

 

 さて、本題に入ります。今年の通常国会で成立した改正金融機能強化法はどう使われるかということです。

 

 新型コロナ特例という条文が追加され、これに該当する銀行(まあ、ほとんどの銀行が含まれると思いますが)が公的資金を入れる際に、従来、厳しく求められていた収益・効率性目標や役員の責任追及を求めないばかりか、資金注入期間も無制限、公的資金の配当率を引き下げるなど、注入条件を思いっきり緩和しました。モラルハザードの懸念があります。(従来の厳しい条件によって、優秀な頭取が否応もなく辞任に追い込まれて来ました。小生の知人で辞任された方は何人もいらっしゃいます。だから条件緩和は、いいことでもありますので、全面的に否定するものではありません)

 

 これだけ公的資金が入り易くなれば、公的資金を申請する銀行が増える、あるいは再編を伴う公的資金の申請が増えると想像されますが、どうやら活用を検討している銀行は、既存の公的資金の入れ替え、リファイナンスのようです。8行からの打診があると仄聞しております。

 

 最初に旧金融機能強化法による公的資金が入ったのが2009年のことです。このときの注入条件は返済期間が15年間となっています。つまり、2024年3月までに返済しなくてはなりません。まだ、時間があるのではないかと思われるかもしれません。

 

 しかし、公的資金を入れた銀行は、3年ごとに経営強化計画を当局に提出する義務を負っています。2024年3月を最終期限とする経営強化計画の始期は、来年の2021年3月です。この計画のなかで返済が実現可能であるという合理性のある説明が求められます。

 

 具体的な銀行名は挙げませんが、2024年の最終期に突如として返済原資の準備金が積み上がる計画書を提出している銀行があります。しかも、返済は可能としながらも、返済すれば自己資本比率が激減するケースもあります。

 

 いくつかの銀行では「本計画期間中での公的資金返済に向けた出口戦略を明確にするため、新たな資本調達についても検討を開始しております。」「資本政策を含めた幅広い検討に着手する必要があると認識しております。」と資本政策の必要性があると認めているのです。こうした銀行は公的資金を借り換えなければ、最低自己資本比率を維持することができません。

 

 借り換えは一度、返済したうえで新規に公的資金を受けるという形をとります。資金は新しい優先株式(あるいは普通株式)なので、定款変更が必要です。変更するには、株主総会の議決が必要なので、臨時あるいは定期の総会開催で議決しなくてはなりません。2021年6月の定期総会では、計画書の提出期限を超えてしまいます。となると来年の3月末までに臨時株主総会を開催しなくてはなりません。忙しいのです。

 

◎経営強化計画の骨抜き

 

 まあ、借り換えてもいいのではないかと個人的には思いますが、その銀行が今回、新規に設けられたコロナ特例で申請してきたときに、従前の条件と天と地の違いが生じてきます。これまで12年間に渡り、収益と効率化の指標を公表し、役員の責任を多少なりとも感じつつ経営してきた銀行が突如として、一切の制約なしに公的資金を入れ替えることに違和感があります。大なり小なりコロナの影響を受けない地域はないので、おそらく改正金融機能強化法の特例を使うのは目に見えています。多分、本則で借りる銀行はないでしょう。

 

 100歩譲って、仕方なしとなっても、疑問が残ります。3年ごとの経営強化計画の提出義務は残りますので、計画は公表されます。しかし、その中には、前述のように目標となる数字が一切ありません。実質、銀行が毎年発行しているディスクロージャーと変わらないのではないかと思います。計画書に意味があるのでしょうか。

 

 リファイナンスの需要に対し、応えることに意義はあるとして、仮に新規の申請があった場合、当初からノーペナルティで、期限のない公的資金を簡単に入れてよいのかどうかという懸念です。コロナ特例の資金は、いわば出口のない公的資金です。また、SBIグループ地銀が大挙して申請する可能性もあります。拒否できるのでしょうか。なにしろ、経営破たんすれば、税金の投入となるわけですから、公的資金に注入基準が見えないことには一種のもどかしさが残ります。

 

 金融庁は昨年、早期警戒制度に基づくモニタリングを開始しました。スクリーニングを経て、今年の6月までに第2段階の抽出を終えています。最後の第3段階では、行政処分するか、否かということになります。それがいまだに発動されていません。もしかするとこの行政処分と平仄を合わせ“戦略的”に活用しようとしているのかもしれません。行政処分先への注入ならば理屈が成り立ちます。しかし、処分先でない銀行から申請された場合、どうするのでしょうか。


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官邸の側近たちとブレーン

菅内閣が9月16日に正式に発足し、順次官邸人事を進め、10月1日には、広報担当の補佐官を初めて民間現職メディアから決定し、体制が固まった。安倍内閣には側近政治、官邸主導=反霞が関という特色があった。官僚の使い方は一部の人材に偏っていた。菅内閣も同じように側近政治になるかどうか、まだその兆候ははっきりとは確認できない。しかし、その陣容を確認しておくことで、今後の政策の方向性を占う参考となるだろう。官邸大組織のうちの秘書官、補佐官、参与の陣容について多少だがコメントしたい。

 

◎官房長官秘書軍団をそのまま

 

 菅総理の秘書官グループは、次の通りです。事務秘書官が6人、政務秘書官が1人です。

・高羽(たかば)陽氏(外務省H7入省)-官房長官秘書官からスライド

・大沢元一氏(財務省H7)―同上

・門松貴氏(経済産業省H6技官)―同上

・遠藤剛氏(警察庁H7)―同上

・鹿沼均氏(厚生労働省H2)―元菅官房長官秘書官

・増田和夫氏(防衛省S63)―安倍政権からの続投

・新田章文氏(政務担当秘書官)―菅事務所の秘書。続投

 (これに各省庁とも秘書官補をつけています。)

 

 菅総理は官房長官時代に使っていた秘書官4人をそのまま総理秘書官とし、一人続投させました。また、コロナ対策という名目で定員を5人から6人に増員しました。鹿沼氏がその人ですが、皆、すでに部下として使った顔なじみということです。

 

 秘書官はかつて、財務、外務、経産、警察から任命されていましたが、東日本大震災時の自衛隊の活躍を背景に、民主党政権時代に防衛省からも任命され5人体制(防衛省からは現在3代目の秘書官です)となりました。そして今回、初めて厚労省が加わったことになります。

 

 秘書官は、政策助言、政党・各省庁(とりわけ出身省庁)との連絡、首相の国会答弁をチェックします。細かいことから言えば、毎朝、朝一番で新聞・メディア動向をひとまとめにして情報を伝えることから始まり、スケジュールチェック、国内外への出張にも常に同行します。権限が強化された官邸の政策の入口になります。総理にいいアドバイスをすれば、高く評価され、そうでなければ官邸から異動になった後の処遇も冷遇されるということになります。審議官以上の人事を決定する内閣人事局を抱えている官邸ですので、とりわけ身近な人物がそうした高官になるときの評価の信賞必罰は厳しいようです(ここでは書きません)。

 

 事務秘書官は政策のサポートですが、政務秘書官は特別な存在で、首相との面会の決定権を持つ“門番”です。政務秘書官は、政治的な判断が求められます。この人に会ってはいけない、この人に会えば政策の方向が決まるということもあるのです。なお、小生の知人の政務秘書官経験者は、大臣と毎晩、酒を付き合ったと話していました。非常に親密な存在です。安倍前総理の今井秘書官は政務秘書官兼補佐官でした。つまり、門番と政策のヘゲモニーを取るという前例のない異色の方でした。今後もそうした政務秘書官が出てくるかどうか。

 

 彼らは総理執務室の隣にある通称、総理室と呼ばれる部屋に詰めています。なお、この官邸5階のフロアには官房長官室や官房副長官室があり、内閣官房参与などの個室も連なっています。この5階は官邸の心臓部といえるでしょう。なお、各室への往来が新聞記者など外部の人間からはみえないようになっています。反対に総理から参与までは、密室のなかにいるということになります。言い換えますと、密談が可能なグループということになります。

 

 秘書官のなかでとくにお気に入りは、門松氏(慶大理工学部環境情報卒)と言われています。今回の秘書官人事でも最初に内示したのは門松氏でした。経産省の技官ということで、菅官房長官秘書官の前は宇宙産業室長、内閣官房では国家戦略室に在籍していました。産業・技術関連のアドバイスを得意とされるのでしょうが、直近での活躍は、疎遠であった二階幹事長と菅官房長官との間のメッセンジャー役を担ったことと言われています。信頼が厚いエピソードだと思います。

 

 なお、その次に内示がでたのが、財務省の大沢氏、その次が外務省の高羽氏とのことです。もっとも、菅総理は当初より、官房長官秘書官をひとまとめで連れていくとの意向でしたので、この内示の順番は意味がないかもしれません。

 

◎内閣官房参与と総理補佐官

 

 総理の特定テーマについてのブレーンである内閣官房参与は次の通りになりますが、ほとんど再任です。参与は本来総理の参与なのですが、官房長官のブレーンでもあります。菅総理は秘書官と同じ感覚で決めたものと思われます。

 

・飯島勲氏(特命担当)―再任

・平田竹男(文化・スポーツ振興・資源戦略担当)―再任

・木山繁(経済協力・インフラ輸出担当)―再任

・西川公也(農林水産業振興担当)―再任

・今井尚哉(エネルギー政策等担当)―新任

 

 参与は非常勤の国家公務員ということで、みなさん原則として本職を持っていらっしゃいます。今回の組閣にともなう人事では、何と言っても今井氏(安倍総理政務秘書官兼補佐官)の処遇が注目されていました。安倍政権で官邸を牛耳っていたと言われる今井氏は、菅内閣でも残留を希望していたからです。まさかとは思っていたのですが、参与として残留しました。

 

 テーマは、エネルギー政策となっていますが、中身はロシア経済協力がメインとなるようです。安倍政権時代、総括補佐官として官邸外交を指揮したので、トランプ政権とのつながりも残っています。ほかにも特定外交テーマに個人名で交渉してきた方ですので、菅総理としても個人的なリレーションや政策の継続性を考えたものと推測します。

 

 今井氏は第1次安倍内閣のときの総理秘書官(安倍総理の退陣で1年間)、次に河村官房長官秘書官となりました。その後、民主党政権になるわけですが、そのときも官邸残留を希望しましたが、結局、経産省に戻りました。官邸に残ろうとしたということは、それだけ権力志向が強い方なのかもしれません。

 

 ほかの参与の方々は政策の継続性から再任したものと考えられます。ただ、安倍政権では10人いた参与は半減しました。

 

 なお、総理補佐官は次の通りです。特別職の国家公務員です。参与とは異なり、人事は閣議決定事項、内閣法で定員も決められています。

 

・木原 稔(国家安全保障に関する重要政策担当)(衆議院議員)―再任

・阿達 雅志(経済・外交担当)(参議院議員)―新任

・和泉洋人(国土強靱化及び復興等の社会資本整備、地方創生、健康・医療に関する成長戦略並びに科学技術イノベーション政策担当)―再任

・柿崎明二氏(政策の「評価・検証」担当)元共同通信社論説副委員長―新任

 

 ここでの注目点は和泉氏の再任と柿崎氏の新任です。和泉氏はいろいろと週刊誌ネタを提供していましたので、どうかなと思っていました。建設省(国交省)出身で退官されたときは住宅局長です。地方創生の実務を担い、二階幹事長の「国土強靭化構想」の発案者の一人でもあります。仕事師ということでしょうか。柿崎氏の任命の意図は不明です。10月1日付人事ですが、具体的に何をするのか、まだわかりません。

 

 いま、個人的に関心があるテーマがあります。それは、菅総理が自民党総裁選を戦っているとき、地方講演で消費税増税について付言したことです。これには驚きました。いわでもがなのことを話したのですから、驚きます。誰が振り付けたのか。この背景を調べているところです。最初は財務省の矢野主計局長の振り付けかと単純に考えましたが、もしかすると日銀の雨宮副総裁当たりからの発信を経由したものとも考えました(理由は単純です。政府が増税という姿勢を見せないと日銀は国債を買うことができなくなるということです)。ところが、最近、ある人物からほかにいるとの情報を得ました。ミスターX氏は誰かという興味もありますが、X氏を菅総理につないだのは、側近の誰かということも興味深い点です。

 

 ここでハタと気づいたのですが、菅内閣にはこれぞというマクロ経済ブレーンという人物が見当たりません。竹中平蔵氏がブレーンと称しているようですが、自称ブレーンなのか本当のブレーンなのか判然としません。個別の経済政策についてのプロの方々はいらっしゃるのですが、マクロが見えません。マクロが見えないということは、財政・金融政策だけでなく、金融行政も疎くなります。菅総理がやたらと地銀再編を強調されていますが、その波及効果を正確に説明している人物がいるのでしょうか。登場を待つこととしましょう。

 

<2021年1月4日追記>

 1月1日付で政務担当秘書官の新田章文氏が辞職しました。その後任に内閣官房内閣審議官の寺岡光博氏(H3年財務省)を充てました。異例の人事です。寺岡氏がそのまま政務担当を引き継げば、安倍総理時代の実力政務秘書官であった今井尚哉秘書官を彷彿とさせる、霞が関上がりの政務担当となります。年次は新たに厚労省から来た鹿沼均氏(厚生労働省H2)に次ぎますが、おそらく秘書官グループのトップに立つと見られます。

 

 

 寺岡氏は、菅義偉官房長官(当時)の秘書官を務めた経緯があります。略歴は省略しますが、財務省ではエリートコースに乗っている人物です。それだけの人物を官邸に引き寄せたのは、菅総理の本当の側近がいないということを表しています。寺岡氏が積極的に政策に関与していくことが想定されます。


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2020年の金融庁・財務省幹部人事異動評

金融庁と財務省は7月20日付で定期の幹部の人事異動を行った。金融庁では遠藤俊英長官(昭和57年入省)が退官し、後任の新長官に氷見野良三(58・国際金融審議官)氏が昇格した。また、財務省では、岡本薫明財務次官(58)の後任に太田充(58・主計局長)氏が大方の予想通り、就任した。人事異動のポイントを取りまとめておきたい(人柄等の人物像については説明省略させて頂く)。

 

<金融庁>

◎新長官に氷見野氏

 

 氷見野氏の昇格は既定路線でしょう。あるとすれば、遠藤長官の留任しかありませんが、ある金融庁長官OBによれば、年明けの時点ではまだ3年続投説もあったとのこと。官邸、麻生大臣も踏ん切りがついていなかった模様です。

 

 これは、昨年もこのコラムで書きましたが、官邸では氷見野氏は国際派ということになっています。つまり、国内金融機関とのコンタクトが弱いという見方です。永田町でも氷見野氏を親しく知る議員は少ないという評判でした(だからと言って問題があるわけではないのですが)。遠藤長官は金融団体との会合に氷見野氏を同席させるなど“周知”を進めていましたので、後継者と決めていたのは事実です。

 

 氷見野氏のキャリアについては、いろいろなメディアで紹介されていますので省略しますが、あまり知られていない特筆すべきキャリアは、なんといっても現在、FSB・金融安定理事会の監督・規制に関する常任委員会の議長だということです。もちろん、日本人として初のポストです。

 

 FSBのこの委員会はG20の金融規制標準つくりの実働部隊です。世界の金融監督の指針を作り、世界の金融当局間の合意形成を図るという重責を担っています。一般的に知られているような自己資本比率規制だけでなく、今後、ポストコロナ時代の様々な指針作りを誘導していくことになります。

 

 メンバーには各国の中央銀行総裁や財務大臣などトップクラスが並ぶ常任委員会です。ここで議長として選ばれたということは、それだけメンバー国からの信任が厚いという証左ですし、なによりも世界に顔を知られていることになります。

 

 国内の金融監督だけでなく、世界にも目を配るという重責を担っているということを強調しておきたいと思います。話題は少しずれますが、リーマンショックや今回のコロナショックのときに、日本の銀行のドル調達が危ぶまれました。それを乗り切ったのは、日銀と財務省トップレベル(金融庁は確認してませんが)のFRBとの日ごろの付き合い、情報交換がものをいいました。国際的な人的ネットワークは、日本全体のリスクマネジメントとしても極めて重要だということです。中国がそれを意識しているのは、ご承知の通りです。

 

 金融庁長官としての目下の課題はコロナ対策でしょう。たとえば、総額数十兆円に上ると想定される民間金融機関による実質無利子・無担保融資のツケは、いずれ国が保証を履行せざるをえなくなると同時に民間金融機関の貸出信用リスクとして顕現化してきます。モラトリアムのツケは、いつか清算しなければなりません。信用リスクの顕現化のパターンはいくらでも考えられます。

 

 そのとき、氷見野長官がどのようなスタンスで臨むのか、注目したいと思います。日ごろのお話を伺っている印象からすると、意外とドライに処理するのではないかとみています。

 

◎次の長官候補に古澤氏も浮上

 

 局長人事については、60年組の森田宗男総合政策局長が氷見野氏の後任の金融国際審議官となり、同期の中島淳一企画市場局長が総合政策局長となりましたので、この期から長官を選ぶとすれば、中島氏ということがほぼ決まったことになります。中島氏の後任には、古澤知之・証券監視委員会事務局長(61年)が回って来ました。

 

 仮に氷見野氏が1年間で勇退すると、中島氏の後任長官はほぼ決定的でしょう。2年間となると、長官候補に古澤氏が入ってきます。お二人の金融庁でのキャリアを比較すると、「中島氏は監督局の経験がないが、古澤氏は監督局審議官のキャリアがあること、また、幅広いキャリアからすると古澤氏が有力」(金融庁OB)という見方があります。また、「次は中島で決まり」(財務省OB)という声もありました。

 

 森田金融国際審議官はIMFに6年、OECDに3年、またコロンビア大学にも行かれていますので、キャリアからすれば当然の人事だったのかもしれません。なお、将来の後任は、白川俊介総括審議官(61年)。その次は、有泉秀財務省国際局次長(63年)が有力視されています。

 

 栗田照久監督局長(62年)は留任し3年目に入ります。佐藤隆文元金融庁長官が3年間監督局長を務めたことがありますが、それ以来のことです。さすがに来年はほかのポストに移られるのではないかと思いますが、若くしての抜擢人事で監督局長になられたので、あるいはこのまま長官になるということもあるかもしれません。

 

 局長人事ではありませんが、今年は極めて珍しい課長人事がありました。メガバンク担当の監督局銀行一課長の新発田龍史氏(H5)が地銀担当の銀行二課長に転じたことです。前任の島崎征夫氏はH7の入省ですから、まるで順番が逆のような人事です。

 

 大蔵省時代からみても1課長に相応する銀行課長から2課長の中小金融課長に転じた例はありません。格下のポストに、年次も下のポストに転じたことになります。これだけを見れば新発田龍史氏に対するペナルティのように見えますが、実際は、「地銀対応の重視」というメッセージの発信だと思います。

 

 加えて、銀行間振込手数料の引下げ問題を担当していた新発田氏を地銀担当にして説得にかかるという意味もあるかもしれません。手数料問題は、本来ならばこれほど大げさな問題にならないはずでしたが、未来投資会議で安倍総理発言まで引き出された以上、「回答なし」ということにはならなくなりました。今後、検討の過程で水争い的な様相を呈する可能性もあります。政治的な判断も必要です。

 

<財務省>

◎驚きの矢野主計局長

 

 財務省人事では、大方の予想を裏切って、矢野康治主税局長(60年)が主計局長になったことです。太田主計局長が事務次官になることは既定路線で、その主計局長の後任に次官含みで可部哲生・理財局長(60年)が就任するとみられていました。

 

 それが、可部氏が国税庁長官になったのは、驚きでした。可部主計局長・矢野主税局長留任が省内の常識でした。たとえ、可部氏を次官にする場合にも主税局長から次官になってもなんらおかしくはありません。「官邸人事かもしれないが、麻生大臣が判断したということに驚いた」(省内)とのことです。可部氏と麻生大臣との間に何かあったのかもしれません。

 

 来年の次官人事が注目されますが、本命は矢野。確率は低いものの場合によっては可部氏ということでしょうか。受けに強い人物(猛烈に頭の回転がいい)が必要となれば、可部。

 

 財務省には当面はコロナ対策、とりわけ10兆円の予備費の配分という大問題があります。官邸はこの使いやすさを考えて矢野氏を選択したのかもしれません。矢野氏はポジションから当然のことなのですが、官邸の今井秘書官以下の安倍総理側近との距離が近く、菅官房長官とはいわば因縁の仲です。ただ、官邸と仲がいいだけではマクロ政策運営担当者としての責任もあります。そこをどう折り合いをつけていくのでしょうか。

 

 ある財務省のOBが面白い人物比較を教えてくれました。財務省のマクロ政策へのダメージコントロールが違うというのです。「太田・可部は割り切った対応をする。ダメージコントロールが非常にうまい。コロナ対応でも△100のダメージならば、△50ですぐに折り合いを付けてしまう。その点、矢野は引かないので、原則論的に△0をまず提案する。しかし、結果は△70とか△80になってしまう」。なるほどです。

 

◎“安倍的なもの”との決別

 

 次に驚きだったのは、中江元哉関税局長(59年)の勇退です。2年間も関税局長にあり、次は国税庁長官というコースが想定されていました。総理秘書官経験者が関税局長で退官したことはは聞いたことがありません。まして、中江氏は安倍官房長官のときの秘書官も歴任しています。退官理由はまったく不明です。あるとすれば、麻生財務大臣とそりが合わなかった可能性があります。しかし・・・。それで勇退はあるのでしょうか。

 

 美並義人東京国税局長(59年)の留任も意外でした。60歳の定年を迎えるため、本省の局長にする最後のタイミングだったからです。この留任によって国税庁長官の芽も消えます。

 

 中江氏といい美並氏といい、59年組からは、いわゆる次官クラスの人が一人も出ないことになります。59年には、西田安範前防衛省・防衛審議官がいわゆる次官クラスとなりましたが、本省ではなく、他省庁の次官クラスです。

 

 昔風に言えば、財務省には3冠というポストがあります。次官、財務官、国税庁長官です。少なくとも、このどれかを各入省組に割り振ってきました。59年組はゼロになります。これは戦後で初のことです(財務官は戦後に創設されたポストなので、結局、史上初ということになります)。

 

 武内良樹財務官(58年)の1年間での勇退も意外でした。財務官は数年、務めるということが多かったからです。

 

 中江、美並、武内氏の人事に共通するものがあるように思います。それは安倍総理との決別ということです。“安倍的なもの”の排除です。森友問題はまだ民事訴訟の渦中にあります。財務省はそれを完全に排除したということではないでしょうか。この問題が表面化した前後に美並氏、武内氏とも近畿財務局長でした。また、中江氏は総理秘書官でした。大きな背景としては、安倍政権の終焉を見込んでいるということと、安倍的なものとの決別があったと考えています。


(財務省)    
 事務次官 太田 58 岡本 58
 財務官 岡村 60 武内 58
         
 〈大臣官房〉        
 官房長 (留任)   茶谷 61
 総括審議官 阪田 63 神田 62
 政策立案総括審議官 藤本 61 岡本 60
 副財務官 吉田 4 三村
 秘書課長 (留任)   吉野 5
 文書課長 前田 4 坂本 3
 会計課長 武田 4 木村 2
 地方課長     谷口 2
 総合政策課長 廣光 4 岩元 3
 政策金融課長 4 廣光 4
 信用機構課長 嶋田(兼) 3 井口(兼) 2
         
 〈主計局〉        
 局長 矢野 60 太田 58
 次長 角田 63 阪田 63
 次長 宇波 角田 63
 次長 青木 宇波
 総務課長 中山 4 阿久澤 3
         
 〈主税局〉        
 局長 住澤 63 矢野 60
 審議官 小野 住澤 63
 審議官 江島 2 小野
 国際租税総括官(参事官) 武藤 63 安居 61
 総務課長 田原 4 小宮 3
 〈関税局〉        
 局長 田島 61 中江 59
 審議官 小宮 山名 62
 審議官 源新 63 小宮
 総務課長 (留任)   渡部 4
         
 〈理財局〉        
 局長 大鹿 61 可部 60
 次長 窪田 63 鑓水 62
 次長(国有) 井口 2 富山 62
 審議官 諏訪園 63 窪田 63
 総務課長 湯下 4 嶋田 3
         
 〈国際局〉        
 局長 神田 62 岡村 60
 次長 有泉 63 宮原 61
 審議官 三村 有泉 63
 審議官 (留任)   土谷 2
 総務課長 緒方 4 三好 3
         
 〈財務総合政策研究所〉        
 所長 宮原 61 大鹿 61
 副所長 (留任)   上羅 59
 副所長   長谷川(浩) 59
 副所長 (留任)   高見
         
 総務研究部長 上田(兼) 6 中澤 3
 特別研究官 (留任)   成田 59
 特別研究官 (留任)   久米 62
         
 〈国税庁〉        
 長官 可部 60 星野 58
 次長 鑓水 62 田島 61
 審議官(国際)    小宮 3 武藤 63
 審議官(官房)    木村 2 後藤 63
 〈国税局〉        
 東京国税局長 (留任)   美並 59
 大阪    〃 小原 61 榎本 60
 関東信越 〃     栗原 60
 名古屋  〃 吉井 63 小原 61
 仙台    〃 日置 2 成田 62
 広島    〃 清水 2  
 髙松    〃   松重
 福岡    〃 後藤 63 吉井 63
         
 〈財務局〉        
 関東財務局長 古谷 61 北村 59
 近畿  〃 2 青木
 東海   〃 水口 62 藤本 61
 東北   〃 (留任)   原田 63
 北海道 〃 谷口 2 平井
 九州  〃 (留任)   大津
 北陸  〃 62  
 福岡財務支局長 小原 62 小林 61
         
 〈税関〉        
 東京税関長 榎本 60 松村 58
 大阪  〃 小林 61 中山 60
 横浜  〃 富山 62 中尾 60
 神戸 〃 佐藤 62 大西 60
         
 (金融庁)        
 長官 氷見野 58 遠藤 57
 金融国際審議官 森田 60 氷見野 58
         
 総合政策局        
  総合政策局長 中島 60 森田 60
  国際総括官 (留任)   天谷 61
  総括審議官(官房) (留任)   白川 61
   政策立案総括審議官 井藤 63 松尾 62
   秘書課長 (留任)   柳瀬 4
  総務課長 (留任)   柴田 4
  総合政策課長 岡田 5 田原 2
  参事官(国際) 長岡 3  
  参事官(国際) 三好 3 吉田 4
         
 企画市場局        
   企画市場局長 古澤 61 中島 60
  審議官(開示) 井上 3 油布
  参事官(信用) (留任)   中村(修)
  審議官(市場) 油布 井藤 63
   総務課長   長岡 3
         
 監督局        
  監督局長 (留任)   栗田 62
   審議官 (留任)   伊藤(豊)
   参事官 (留任)   石田 2
   参事官 田原 2 齋藤 2
  総務課長 (留任)   尾﨑 4
         
 証券取引等監視委員会        
事務局長 松尾 62 古澤 61
事務局次長 齋藤 2 水口 62
総務課長 若原 6 武田 4
 

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