金融制度の大改革-決済・仲介法制WG報告

金融庁の金融審議会「決済法制及び金融サービス仲介法制に関するワーキング・グループ」(決済WG)が、昨年12 月20日に公表した報告書は、現在の金融制度を大きく変える画期的な内容を盛り込んだ。大きな視点からみれば、①もはや決済が銀行固有の業務ではなくなること、そして、②幅広い金融商品の仲介者として「新たな仲介業」を認めたことから、証券会社の認可制、保険会社の免許制がゆらぐこととなる。報告書を単に資金異動業者の扱う送金額の上限規制がなくなると理解するだけでは、今回の制度改正の意義を見失うだろう。

 かつて証取法が金商法にとって代わることによって、証券会社という名前が法律から消滅した。銀行もその根拠法である銀行法が消滅するわけではないが、銀行法に定めた業務範囲は事実上、他者を排除する固有の保護された許可業務ではなくなる。金融庁が目指した金融制度改革は、今回の「横断的法制」によってほぼ完成し、残るは銀行持ち株会社制度と事業持ち株会社制度とのイコールフッティングの調整のみとなった。

 

◎決済の自由化

 

 金融庁が新たな金融制度改革に取り組み始めたのは、2017年の11月のことです。「金融制度スタディ・グループ」という検討会を立ち上げ、①同一の機能・リスクには同一のルールを適用(金融機能を決済、資金供与、資産運用、リスク移転に4分類し、機能・リスクに応じたルールの適用を検討)と、②金融規制に関する基本概念・ルールの横断化の検討に着手しました。

 

 今回のWGによって、「その所期の目的はほぼ達成」(金融庁)されることになります。今年の通常国会に法案を提出する準備を進めていますので、順調に行けば6月にも新しい金融制度の枠組みが決定されます。ここでは制度の細部の解説は省きますが、決済WGの意義を再確認しておきたいと思います。

 

 日本の金融制度は業者ごとに区分され規制されてきました。それが、金商法の登場によって、証券業が解体され、証券会社の名称も法律からは消え、第1種金融商品取引業登録業者、第2種金融商品取引業登録業者といったように機能別の業者に分解されました。日常的に証券会社という名称は使用されていますが、法律の上では証券会社は存在しません。

 

 今回、銀行法は廃止されるわけではありませんが、銀行業の解体が今回の法改正(商品販売法の改正)で行われます。勿論、銀行も銀行の名称も残ります。しかし、銀行固有の排他的な業務は預金業務を除き、存在しなくなります。誤解を恐れず、極端な表現にしますと、銀行は預金取扱業者となります。ほかの業務は排他的ではなくなるからです。

 

 ご承知のように貸出はすでに、とうの昔から貸金業法などによって制度整備され、ノンバンクの存在感も強くなっています。今回、資金移動業者の決済額が、青天井になり、決済業務が銀行以外に開放されます。銀行決済は各決済業者の最終尻の調整と日銀との資金取引きという利益の伴わない業務になります。(銀行が預金業務だけ行うということではありませんので念のため。銀行の3大業務である預金、貸出、為替のうち、為替が自由化されるということです)

 

 ただ、銀行はこうした制度改革にともない、資金移動業の子会社を設立すると見込まれていますので、その利益はグループ内に留まるはずです。フィンテック業者との連携によって、新しい決済サービスを作り出していくことになるでしょう。

 

 また、現在、給与の支払い手段として資金移動業者への送金が検討されています。厚労省が労基法上の扱いを緩和すれば実現します。これも実は大変な社会的なインパクトがあります。サラリーマンの給与振り込みの口座が銀行から資金移動業者へと移っていくからです。その資金をキャッシュレスの決済にそのまま使えます。残った資金は運用会社に送金すればよいのです。あるいはポイントが付くかもしれません。

 

 送金手数料も当然、銀行の送金よりも安くなります。スマホで家計管理するときにも便利でしょう。当たり前の給与振り込みという光景が消えていくかもしれません。決済の自由化は、現金が使いにくくなる世界を誘導します。社会システムを変えるものなのです。

 

 投資家保護あるいは預金者保護、決済の保護は、まだ調整がついていないのではないかと思われます。未調整のままでいこうという、一種の思い切りがあります。決済業者が倒産したとき、どこまで保護するのかといったテーマは、預金の保護の議論のように厳密には考えないということだと思われます。むしろ、簡潔でスピーディでしかも安価な決済は、利用者保護の利益を上回る社会的な便益があるという判断だと思われます。この判断も画期的です。

 

◎新しい仲介業の業務範囲

 

 「新しい仲介業」は、銀行、証券、保険会社の取扱商品をほぼ「媒介」することができます。オールラウンダーの金融業者です。ネットでの業者をイメージしていますが、対面方式も含まれます。ただし、代理店ではありません。あくまで、貸出、預金、株式などの有価証券の媒介、保険の媒介です。

 

 しかし、代理店となることも可能ですから、いわばブッキングも媒介も可能になります。FPというよりも顧客に密着した存在になります。オンライン業者のイメージが強いのですが、実は対面も含まれますので、なんでもありありの業者が登場するのです。新しいアイディアです。

 

 ただ、新しい仲介業について、当局が念頭に置いているのは、リーテイルです。ホールセールの世界ではありません。銀行も証券もそして保険も、この区分けが次第に明確になっていくのではないかと思っています。アメリカでは、すでにブローカー証券会社は事実上、消滅しました。投資銀行、あるいはネット証券へと変貌しました。金融は運用の世界へと特化し、変貌していくことになります。

 

◎業者概念の否定

 

 今回の金融制度改革は、既存の銀行、証券、保険という業者概念を消し去り、横串で、機能別に制度を作り替えるという壮大な試みです。世界にも例のない取り組みです。当局は、業者をモニタリングするのではなく、行為をモニタリングします。監督行政の大転換でもあります。

 

 残された金融制度改革のテーマは、持ち株会社の扱いです。ソニー、イオンなど事業会社が金融持ち株会社を完全子会社としていますが、銀行の金融持ち株会社は独禁法との関係から、事業会社の株式保有に制限がかかっています(5%ルール)。同じ金融業を展開するのに、かたや商流との連携がしやすく、かたや禁止です。イコールフッティングをどう考えるかという問題です。この問題については別の機会に述べたいと思います。

 

 ごく、あっさりと今回の制度改革の意義について書きましたが、これに沿って金融ビジネスとその主体が入れ替わっていくことになります。かつて地図上のランドマークは銀行の支店でした。それが、いまやコンビニに入れ替わっています。金融業の担い手のイメージも変わるでしょう。いまも、小生の自宅にヨドバシ・ドット・コムの配達がありましたが、そうしたドライバーが代替する日も近いのかもしれません。

 

*WG報告は下記の通り。

 

https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20191220/houkoku.pdf


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消費税キャッシュレス・ポイント還元継続は必至

2019年10月の消費税率10%への引き上げによる消費減退の影響は、政府が想定した以上に厳しいものとなる見込みだ。増税緩和策であるキャッシュポイント還元対策は6月末までだが、すでに延長・継続は必至との見方が台頭している。

 

◎芳しくない個人消費動向

 

 昨年の消費税率の引上げ後の消費動向が芳しくありません。様々な消費関連指標がありますが、例えば、上昇・プラス傾向が続いていた世帯消費動向指数(二人以上世帯)は、2019年10月、11月と続けて前年比低下しました。この指数は、2014年4月1日の8%への3%の引上げ直後から低迷していましたが、2018年半ばごろになって、ようやく増勢に転じて一服していました。

 

 14年から18年までですから、増税の影響はほぼ5年間に及ぶ影響を与えたことになります(勿論、増税の要因だけではないのですが、主因です)。仮に影響の度合いが前回と同じようなものであれば、今回の増税分は2%分なので、「今後3年間は影響が残る」(シンクタンク)可能性があります。

 

 消費関連の指標としては、景気ウォッチャー調査も有名です。現状DI は消費増税直後の2019 年10 月に36.7(9 月46.7)へ大幅に低下した後、11 月に39.4、12 月に39.8 へ、2 ヶ月連続で持ち直したものの、前回の消費増税局面に比べ、持ち直しのDI 水準が低くなっています(2014 年3 月54.1→4 月38.4→5 月43.5→6 月47.9)。増税後の需要が低迷していることを示しています。

 

 四半期ベースでみても飲食関連、サービス関連、住宅関連が芳しくありません。客単価の低下や利用客数の減少が指摘され、家計動向のDI 水準は相当に低く、消費の基調は弱い状況です。DI調査には、サービス関連は総崩れで、増税の悪影響が続いているという指摘が目立ち、小売関連では、キャッシュレス・ポイント還元が終了したあとの需要減を懸念する回答が寄せられています。こうした動向から、エコノミストの間では、「来年6月末までの時限措置だが、延長は必至」との見方が広がっています。

 

◎財源額と財政健全化への貢献度

 

 キャッシュレス・ポイント還元の緩和策の財源は、2019年度予算で2,798億円計上されました。ところが、いざスタートすると想定した以上に還元が進み、昨年の19年の補正予算で1,497億円追加されました。1日当たり10億円と想定していたのですが、実際には14億円近い還元が生じています。ポイント還元は今年の6月末までですが、20年度予算にその財源として2,703円計上されています。合計すると7,000億円になります。この2,703億円ですが、還元を求める中小企業者が増えていることもあり、もしかすると不足する可能性もあります。

 

 消費税増税分は年間5兆円程度になります。このうち、社会保障費に1兆円、子育て支援などに1.7兆円が使われ、残りの2.3兆円は借金の減額(あるいは社会保障費に充当)に充てられれます。いまのところの話です。しかし、この1年間に限れば、ここから7,000億円差し引かねばなりません。しかも、還元の期間は9か月分だけです。初年度の手取りは、1.6兆円ということになります。

 

 仮にポイント還元を継続するとなれば、すくなくとも年間9,000億円程度(あるいは、還元率が高とまればそれ以上)、還元に消費者が殺到すれば1兆円の還元になります。これが恒久化されるとどうなるでしょうか。つまり、2.3兆円から1兆円差し引いた額である1.3兆円分が財政健全化に資するという計算になります。1000兆円の借金に対し、1.3兆円の効果しかないことになります。


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地銀の包括提携という名の統合・カルテル

地銀同士の業務提携が進んでいる。従来の提携とは一線を画し、「包括提携」を締結する動きが活発である。包括提携の中身はそれぞれのケースで異なるが、実態は、提携による「競合回避」の色彩が強い。公取の眼をそらすという意図があるのかもしれない。

◎青森銀行とみちのく銀行の預貸シェアは7割に

 

 10月28日に公表された青森銀行とみちのく銀行の「包括連携」には、驚きを隠せませんでした。まず、両行合計の預貸の青森県内シェアは7割とあの長崎県の地銀統合に匹敵するものだからです。もし、このまま統合を目指すのなら、公取は黙っていないはずです。ただ、来年成立が予定されている独禁法適用除外の特例法を適用して統合・合併は可能です。

 

 しかし、特例法をまたずに包括提携したということは、そこに何らかの戦略があるはずです。結論から言えば、包括提携は、事実上のカルテルを意図しているのではないかということです。これも仮の話ですが、長崎の親和と十八銀行も包括提携だったならば、公取はなかなかNOとは言えなかったと思われます。事実としてのカルテルはまだ存在しないからです。青森とみちのく銀行の公表文は、「引き続き健全な競争関係を維持しつつ」と、このあたりを十分意識して書かれています。

 

 発表によれば、「ATMを相互に無料で利用できるようにするほか、預金業務に関する書類を共用したり、バックオフィス業務を共通化したりする。これまで共同開催してきた商談会についてもお互いのネットワークを提供し合うことで取引先支援を拡大する。」となっています。

 

 提携の狙いは、当面は物件費の削減にあるようです。しかし、「お互いのネットワークを提供し合うことで取引先支援を拡大する」はどう解釈すべきでしょうか。すでに両行は地元企業のビジネスマッチング事業などで協力関係にあります。それを、さらに提携して深化させていこうというものです。取引先企業の紹介に止まらず、いわば両行が一体となって、特定の企業を支援するということです。もはや競合している場合ではないという判断が含まれます。競合を回避して、提携するというのは、カルテルと紙一重です。

 

◎福井銀行と福邦銀行の包括提携は準統合

 

 福井銀行と福邦銀行は9月13日、資本提携も含めた包括連携の検討を開始すると発表しました。連携内容は?取引先の経営課題解決など法人向け支援、②事業承継や事業再生支援、③まちづくりや地域活性化への協働、④効率的業務運営へ向けた事務の共同化、⑤店舗集約による顧客利便性の補完となっています。

 

 「店舗集約による顧客利便性の補完」、つまり店舗の統廃合ですから、限りなく統合に近い包括提携です。資本提携も展望していますので、準統合と言って差し支えないと思われます。ただし、システムの共同化は「検討中」とのこと。青森・みつのく銀行よりも一歩進んでいます。もともと、両行は関係が深いということもあり、準統合には違和感はありません。

 

 また、公取が問題視するようなシェアの問題もありません。

 

◎千葉銀行と横浜銀行の奇妙なパートナー・シップ提携

 

 千葉銀行と横浜銀行が7月10日に公表した提携の意図はどこにあるのでしょうか。首都圏にあり、規模も同じ、収益力もほぼ同じです。仮説として考えられるのは、「首都圏案件」では喧嘩をしないという約束を交わしたというものです。いわば休戦協定です。お互いに邪魔をしない。金利競争をしない。千葉が取引しようとしている案件には横浜は手を出さないということです。カルテルのような気がしますが、市場が広いため、カルテルとは言いにくい微妙な提携です。

 

 この提携で奇妙なのは、千葉銀行とコンコルディア・フィナンシャルグループ(横浜銀行+東日本銀行)との提携となっていないことです。つまり、東日本銀行は除外されています。千葉銀行は東日本銀行の取引先を浸食してもいいのかどうか。この答がありません。多分、競合を想定していないためだと考えられます。だから、提携の主体から外したのだと思われます。これも仮説です。そうした説明がありませんので、いまのところ仮説としておきます。

 

 最近の3つのケースを取り上げましたが、今後とも包括提携という名前の統合やカルテル的提携が増えると予想されます。合併・統合のほうが、はた目にはすっきりみえますが、統合は人事制度の調整、年金など、手が付けられない問題を抱えます。しかも、面子の問題もありますから、新銀行名も大変です。それならば、独立したまま、仕事の共同化と調整を図ったほうが、よほど効率的です。

 

 システムの統合はもっと大変です。ならば、当面は包括的提携が進んでいくものと思われます。


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日銀の役員人事の基礎知識

日銀の金融政策の話題も、マイナス金利を別にすれば、ここ数年、ネタが希薄になってきた感がある。だからということではないが、ここでは閑話休題、日銀の役員人事の基礎知識を整理しておきたい。将来の金融政策を担う人事体制・布陣を予想してみた。

 

◎理事の任期と副総裁候補

 

 日銀の役員は、審議委員6人、総裁1人、副総裁2人、監事3人以内、理事6人以内と定められています。このうち審議委員と監事を除いた、総裁、副総裁、理事とその配下が執行部と総称されます。執行部は政策決定会合などに政策原案を提出するど実働部隊です。日銀の組織の基本なので、当たり前だろうと笑われるのを覚悟しつつ、とにかく、まず示しておきます。

 

 また、執行部役員の任期は、総裁・副総裁が5年、理事が4年となっています。黒田総裁と雨宮・若田部副総裁は昨年春、再任、新任(3月と4月)されたので、残る任期は2023年の春までです。

 

 次に、現在の理事の任期はというと下記の通りです。

前田栄治(昭和60年入行):2016年5月11日発令(任期2020年5月10日)

衛藤公洋(60年):2017年3月3日発令(任期:2021年3月2日)

吉岡伸泰(58年):2017年4月1日発令(任期:2021年3月31日)

内田眞一(61年):2018年4月2日発令(任期は2022年4月1日)

山田泰弘(62年):2018年5月9日発令(任期:2022年5月8日)

池田唯一(財務省57年):2018年8月21日発令(任期:2022年8月20日)

 

 理事はまれに再任されることがありますが、通常1期で退任します。となると、来年の5月に前田氏が退任、再来年の春に衛藤氏と吉岡氏が退任することになります。

 

 前田氏の後任が当面、人事の焦点。すでに62年の山田氏が理事になっているので、来年、関根敏隆金融研究所長や清水季子名古屋支店長がいる62年組からの昇格は考えにくいところです。となると63年組からの昇格が順当で、その筆頭は加藤毅企画局長との前評判が高くなっています。ほぼ確定と考えてよいでしょう。

 

 そのとき加藤氏が企画担当理事となるのか、内田国際担当理事が企画担当に横滑りするのか、担当の振り分けもひとつ注目されます。加藤氏が企画担当なら、黒田総裁、雨宮副総裁の任期を超えて2024年までの任期となりますので、副総裁候補となる可能性があります。これまでの日銀出身の副総裁は企画担当理事経験者からの昇格が多いからです。

 

 内田氏が企画担当に担当替えとなれば、やはり副総裁候補となりますが、内田氏の任期は上記のように2022年まで。そのとき、総裁・副総裁人事はありません。となると、内田氏を企画担当理事として理事再任するという人事を行えば、企画担当理事として副総裁候補となるでしょう。

 

 ただし、現職の企画担当理事からの副総裁というコースが一般的ですが、国際担当理事からの昇格(中曾副総裁)もありますから、あくまで加藤・内田氏の処遇は前例を参照にしただけのことです。場合によっては、内田氏が国際担当理事から副総裁になるかもしれません。

 

 また、日銀OBからの副総裁人事もありますので、加藤、内田氏の二人に絞り込まれているわけでもありません。たとえば白川前総裁なども一度、企画担当理事で退任したあと京都大学にいき、そして戻って副総裁になったという経緯があります。外部にも適材と判断される方もいらっしゃると思います。しかも、かならずしもメインの企画畑出身者ではない方の可能性もあります。有力候補者はいくらでも挙げられます。

 

 また、以上の予想は、あくまで「仮に副総裁を日銀プロパーから選んだ場合」ということが前提です。そうでない場合も十分にあり得ます。とくに総裁が日銀出身者となった場合は、副総裁のポストもとれるかどうか、「五分五分以下」という感じではないでしょうか。

 

 なお、加藤企画局長の後任は、加藤氏より年次を下げた63年組以降からの昇格で、かつ企画畑からの人事だとすれば、今年、調査統計局長になった神山一成氏(平2)か、高松支店長から国際局審議役兼企画審議役に転じた正木一博氏(平3)。ほかにも候補者はありそうですが、まずは、この二人が軸でしょう。

 

◎56年組の轍を踏まないために

 

 さて、理事人事の続きです。再来年の2021年の理事交代のときに二人、2022年に一人の合計3人が退任します。加藤氏が理事になるとすれば、企画局長と同様に63年組より下の年次からの選抜になります。役員になる前は当然局長クラスからの選抜ですから、現在の体制から選抜するとなると、どうしても主要局長を占めている63年組に偏ってしまいます。高口博英金融機構局長、清水誠一金融市場局長、坂本哲也総務人事局長が有力候補になります。

 

 日銀には「56年問題」という人事問題がありました。56年組から櫛田誠希、武田知久、田中  洋樹、門間一夫氏の4人の理事を輩出したため、あとの年次への理事の配分が少なくなってしまったのです。6人の理事のうち、一人は財務省出身者が占めますので、日銀は5人の枠しかありません。4年間の任期ですから、ほぼ1年に一人でるかどうかという狭き門なのです。それを同期4人が占めたのです。

 

 63年組には優秀な人材が豊富です。しかし、そのまま昇格してしまうと、56年問題が再燃します。ということは、来年、再来年の人事で局長クラスの人事異動を大幅に行い、理事コースとなる局長ポストを入れ替えていくしかありません。この人事構想、すべて雨宮副総裁のさじ加減です。

 

 残る役員人事は総裁人事ですが、これは誰が考えてもわかるはずはありません。二階幹事長が発言しているように安倍総理の自民党総裁4選となれば、黒田総裁の再続投すら考えられます。総裁人事は、どのみち不透明ですので、無責任に書いてしまえば、巷間、噂になっている候補者を挙げると、日銀OBならば中曾宏(53年)氏、現役なら雨宮正佳(54年)副総裁の昇格、そして財務省なら浅川前財務官といった方の名前が出ています。学者から若田部副総裁の昇格もあるかもしれません。それぞれ推薦する根拠があります。ま、皆さまがイメージされる方々です。

 

 浅川氏(次期アジ銀総裁)の名前を関係者から聞いたとき、なるほどと思いました。黒田総裁が再選される前までは、てっきり本命は中曾宏氏とみていました。しかし、米中対立、ポピュリズムの台頭による分断が進む世界で、政治的に泳ぐ力量をもつ方でないと中央銀行の総裁は務まらないのではないかと思います。国際的な知名度において中曾氏は圧倒的なネームをもっていますが、浅川氏も圧倒的です。ただ、中国を意識したときに、アジ銀総裁は大きな価値をもちます。

(以上、日銀人事を話題にするときの大雑把な基礎知識としていただければ幸甚です)

 


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財政赤字拡大容認論と低金利維持の実現可能性

日銀の金融政策の限界から有効なマクロ政策として財政赤字拡大を容認する主張が広がっている。赤字国債の発行残高は増加を続け、PBの黒字化の展望も見えない。厳しい財政状態にも拘わらず、財政赤字拡大を容認する論調の底流に、「今後とも利子率(国債金利)が名目GDPの伸び率を必ず下回る」との前提がある。この条件を満たすなら財政の破たんにつながらず、経済成長を財政政策によって促進できるという考え方である。最近、日経新聞のコラム「経済教室」で評判となった「財政赤字拡大容認論を問う」という3本の論文が掲載された。この論文の共通の論点であった利子率と名目GDP伸び率の関係から、容認論の現実性について考えてみたい。

(PB=基礎的財政収支。新規国債発行額を除いた歳入総額と、国債費(国債の償還・利払い費用)を除いた歳出総額との収支)

◎国債GDP比率は安定するのか

 

 3つの論文とは、①「債務、コスト限定的で効果大」(ピーターソン国際経済研究所 オリビエ・ブランシャール・シニア・フェロー 、田代毅・客員研究員)、②「超低金利下でも維持不可能」(星岳雄 東京大学教授)、③「既に債務危機と現状認識を」(植田健一 東京大学准教授)です。本文は文末のURLを参照してください。

 

 まず、学説のおさらい。「国債利回り(=利子率)が名目GDP伸び率を下回ることはない」というのが経済学では標準的な仮定となっています。これはエコノミストの間でもほぼ常識ですし、霞が関でも本石町でも一般的な認識となっています。

 

  ところが、現実には2013年以降、つまり日銀の異次元緩和以降、両者の関係は、GDP伸び率が利子率を上回って推移しています。この現実を、従来の考え方が間違っていたと解釈するか、一時的な現象で継続性がないととらえるかで、財政赤字の将来の収支見通しが変わってきます。

 

 星氏はこの仕組みをわかり易く説明しています。

「利子率が成長率を上回っていれば、国債の量をGDPで割った国債GDP比率は、放っておけばどんどん上昇していく。分子の国債が増える速度(利子率)が分母のGDPが増える速度(成長率)を上回るので、国債GDP比率は上昇し続ける。この状況では、将来のどこかで基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字にしない限り、財政はいずれ破綻する。ところが利子率が成長率を下回る世界では状況は全く異なる。分子の増加速度が分母の増加速度を下回るので、一切返済しなくても国債GDP比率は低下していく。従って日本をはじめ先進国が最近経験している利子率が成長率を下回る状況が長く続くなら、一見巨額に見える国債残高も問題にする必要はなくなる。」

 

 以上のロジックには誰も異論がありません。しかし、その後が違ってきます。国内の民需が弱いのなら財政拡大を主張するブランシャール氏は、「この状況はしばらく変わらないだろう。金融政策は量的緩和からマイナス金利に至るまであらゆる手を打ってきたが、不十分だった。となれば、需要を刺激するために財政政策を動員するのは理にかなう。金利水準は将来にわたり極めて低いと見込まれるため、公的債務の財政・経済コストは小さくて済む一方で、財政出動による経済刺激効果は極めて大きいと期待できる」と財政出動を促します。

 

 金利水準は将来にわたり極めて低いと見込まれるため、財政出動による経済刺激効果は極めて大きいと期待できるというのです。

 

 これに対し、星氏は、「利子率が成長率を下回れば、返済がなくても国債GDP比率が低下するのは確かだ。しかし返済がないだけでなく財政赤字があれば、赤字をファイナンス(資金繰り)するために新たな国債発行が必要になる。さらに財政赤字の額が十分に大きければ、たとえ利子率が成長率を下回っていても国債GDP比率は上昇してしまう」と反論します。

 

 現状のPBの赤字が続くのなら、「たとえ利子率が成長率を下回る状態が続いても、際限なしに財政赤字は続けられないということだ。低い利子率は財政費用を削減するが、それでも財政赤字には限度がある」と主張します。PBの赤字要因として挙げるのは、年金、医療、介護の社会保障関連予算のさらなる増大です。

 

 植田氏の考え方も星氏と同様で、「つまり国債残高を一定に保つだけならば、多少は基礎的財政収支を赤字にできる。しかし現状では、債務残高の水準は高すぎ持続不可能で、引き下げなければならない」と述べています。

 

「金利水準は将来にわたり極めて低いと見込まれる」から、「財政出動による経済刺激効果は極めて大きいと期待できる」と考えるのか、あるいは「債務残高の水準は高すぎ持続不可能」で「ケインズ的な需要喚起策により経済成長率が高まることは不況下、特に失業率の高い状況から抜け出す時にはありうる。しかし現下の日本経済はほぼ完全雇用であり、需要喚起策が出る余地がない。また中長期的な経済成長には、ケインズ的需要喚起策は有効ではない」(植田氏)と考えるのかという対立です。

 

 ブランシャール氏は、PB赤字2.5%前後でも国債GDP比は維持できると主張します。星氏と植田氏は前述の通り、維持不可能と主張します。どちらが正しいのでしょうか。

 

◎金利を低位安定させられるのか

 

 ケインズ的需要喚起策の有効性についてはさておき、利子率をゼロ金利に近い水準で低位安定させることができるのでしょうか。ブランシャール氏は、財政出動にともなう需要増加によってインフレ率が上昇するものの、金利の上昇は抑制できるとしています。その根拠として、「政府は長期の国債を発行し、長期の資金調達を現在のゼロに近い金利で固定することでリスクを大幅に削減できる」としています。このようなことが本当に実現可能なのか。

 

 ブランシャール氏の論文は、日銀に金利ゼロの超長期債(あるいは永久債)を購入させてしまえばいいということが暗黙の前提として置かれています。星、植田氏が懸念する財政の危機・破たんや、そうした事態になったときに国債の信用(将来的なクラッシュ、暴落)というものがどうなるのかという点については一切触れようとしていません。

 

 別の言い方をすれば、「日銀の国債保有の凍結と拡大」の主張ということになります。ここで議論は二つに分かれます。永久保有は可能だという考え方と不可能だという見方です。将来、確実にやってくる日本の貯蓄率の低下と、経常収支の赤字が常態化したときに、日銀はGDPの半分、いやそれ以上の国債を保有できるのかということです。

 

 様々な識者に聞くと、そんな先のことはわからないという答えが返ってきます。無責任ではないかと思いますが、おそらく誰も先のことは考えていない、あるいは考えたくないという雰囲気なのです。ここにマクロ政策を担当する当局のスキが生じています。財政と金融政策の一体的運用は2013年の政府の約束です。事の是非、議論の正否は置いて、財政赤字拡大論が公然と議論されているのは、この連携が緩んでいるためではないでしょうか。

 

 さて、仮に長期金利がコントロールできたとしても、財政出動にともなうインフレが高進したときに、短期金利でインフレを抑制できるのか。超逆イールドの世界、例えば10年国債金利がゼロで、1年ものが10%という世界を理解することができません。長期金利の消失です。ここまで想像していくともはやファンタジーです。

 

◎アベノミクスの証明

 

 少し頭を冷やして、話を戻します。冷静に観察すれば、アベノミクス=日銀の異次元緩和で証明された事実があります。それは、長期金利はコントロールできたということです。それ以前は、長期金利はコントロールできないとされていました。

 

 完全に証明されたといえるかどうか、さらに長期的なスパンで見なければ検証できませんが、すでに日銀の国債購入目標額を下回る購入水準でも、長期金利はコントロールできています。市場を完全に丸ごと抱えなくともコントロールできているという事実は重い事実です。ここでは半分検証されたと言っておきたいと思います。

 

 アベノミクスがもう一つ証明しなければならないテーマがあります。それは長期金利の低金利の維持と財政赤字の拡大によって実質GDPが伸びたかどうかということです。低水準ながら名目はなんとか伸びていますが、実質GDPは平均すれば1%前後というところです。日本の潜在GDPの水準がどこにあるのかわかりませんが、もし1%ということであれば、アベノミクスは日本経済を上向かせる力とはなっていなかったことになります。これはまだ証明されていません。

 

◎建設・赤字国債の色分けは時代遅れ

 

 財政危機はわきに置きますが、財政赤字拡大容認論には、傾聴すべき点があります。少子化のひとつの要因となっている育児、教育への財政投入という政策です。この政策には長期的なリターンがあるという指摘です。ここからひとつのヒントが生れます。

 

 建設国債、赤字国債という概念はもはや古臭くなっています。かつて道路作り、そのリターンがある財政・公共投資の原資を建設国債と名付けたのは理解できますが、教育投資も実は実態は長期的にみれば立派な投資です。

 

 そのリターンは税金という形で戻ってきます。社会保障分野の年金も消費に回るだけという考え方だけでは、理解が足りません。消費にともなう民間設備投資を誘引しています。その波及効果ははかり知れません。さらに健康保険も医療の質の向上に資しています。これも長期的にみれば日本の生産性の向上に資しているわけです。このあたりの分析は財務省をはじめ内閣府が詳細に分析しています。

 

 言いたいことは、社会保障への国債による充てんは、赤字国債という色分けは古すぎるのです。このコラムの趣旨からはそれますが、国債の色分けは再考すべきです。建設国債は償還される可能性が高いという色分けは幻想だからです。

 

*参照記事

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO50597290U9A001C1KE8000/

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO50695290X01C19A0KE8000/

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO50740780Y9A001C1KE8000/

 


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