2021年度金融庁・財務省人事異動評ー迫る役職定年

財務省、金融庁は7月8日、幹部人事異動を行った。金融庁は氷見野良三長官(昭和58年・1983年大蔵省入省)が1年で退官し、その後任に中島淳一総合政策局長(60年)が着任した。監督局長を経験していない長官が続けて誕生したことになる。また、天谷知子国際総括官(61年)が次官クラスの金融国際審議官に登用されたことが注目される。一方、財務省は矢野康治主計局長(60年)が事務次官に順当に昇格。ほぼ順当の順送り人事となった。

 

◎氷見野長官が1年で退任、後任に中島氏

 

 氷見野長官の退任の背景には、金融庁幹部の定年が迫ってきたことがあるように見えます。金融庁発足当初は、若くして局長、長官になれた金融庁も次第に幹部職員の高齢化が進んでおり、長官と局長の入省年次が接近し、長官を2年、3年と続けていく時間的な余裕がなくなっています。

 

 今年の国会で国家公務員法が改正され、国家公務員の定年延長が決まりました。しかし、幹部職員は依然として、60歳の天井が残りました。今回、「管理職の役職定年制」(管理監督職勤務上限年齢制)という考え方が導入され、その年齢は現在と同じ60歳です。

 

 したがって、61歳、62歳・・65歳の局長は、将来とも存在しないのです。国家公務員として60歳以上になっても勤務できるものの、ポストは管理職未満(係長クラス)にすべて降格し、給与は3割カットされます。さすがに係長として前局長は在籍することはできないでしょう。したがって、局長の定年退職は60歳のままなのです。なお、特例として長官は62歳まで長官として在職することができます。

 

 「今後とも1年で勇退というケースが増えていくのではないか」(霞が関)との声が聞こえます。金融庁だけでなく、事実上の親元である財務省も同じです。なお、長官を1年で勇退するのは細溝氏に次いで二人目。任期2年あるいは3年という常識が定着していたため意外感が残りました。

 

 実は氷見野長官は後任の中島氏の年令を考慮しても、続投することができました。憶測の域を出ていませんが、昨年10月の東証のシステムトラブルが氷見野人事に影響した可能性があります。世界的な株取引市場である東証の終日取引停止という前代未聞の大事件でした。官邸にトラブルの説明に行った長官は総理から相当叱責を受けたと聞いています。

 

 東証の監督責任は金融庁にあります。システムトラブルを未然に防げなかったのか、事後対応策が不十分だったのはなぜか。行政としては大失態となります。信賞必罰が官邸、というより菅総理のモットーですから、この監督責任を問われたという「説」も有力です。

 

 建前上、内閣人事局が人事評価しますが、総理の怒りが優先したと考えるべきでしょう。勿論、真相はわかりません。ただ、市場周りの事実上の監督責任者(東証への業務改善命令発出者)である古澤知之市場企画局長(61年)と栗田照久監督局長(62年)が今年の人事で留任したことと考え合わせると、東証トラブルの責任を取ったということかもしれません。人事は官邸の好悪が強く反映されるので、真相は不明です。

 

 さて、氷見野氏の退任の理由は置いて、後任の新長官の中島氏ですが、新聞メディアは東大の工学部出身ということを人物紹介でクローズアップしていますが、「入省してしまえば、学部無視で皆同じ」(財務省OB)なので、取り立てるような感じはしません。確かに大学が非東大であれば、組織内から陰に陽にストレスがかかりますが、さすがに出身学部はほとんど意味はなくなっていると思います。

 

 中島長官の直近の実績といえば、投信販売の拡大の契機となった信託報酬手数料の引き下げでないかと思います。当時の森長官の強引ともいえる引下げ要請を関係者と詰めて実現させたシュアな手腕が印象に残ります。現在の投信販売の広がりの契機となりました。これは政府の成長戦略のコアとなっていました。

 

 また、今年の氷見野長官が主導した東京市場の国際化について、非居住者の相続税の改正も中島氏の実績ではないでしょうか。淡々として実行していくイメージがあります。ただし、あくまで見えるところでの印象ですので、ほかにも、より大きなテーマでの実績があるとは思います。

 

 長官のキャリアとして、氷見野氏以前までは「監督局長から長官就任」というコースが定着していました。氷見野、そして中島氏と“非監督局長経験者”が続いたという点が今回の人事の最大の特徴といえるかもしれません。

 

 氷見野氏や元長官の森氏は、「政策官庁としての金融庁」という看板を掲げていました。遠藤氏からはそうした発言はあまり耳にしたことがないのですが、個別金融機関の経営の監督ではなく、マクロプルーデンスに重きを置くという方向性はさらに固まってきたように思われます。中島氏の着任はそのイメージを強くするものです。

 

◎天谷金融国際審議官

 

 次に女性登用の流れとはいえ、天谷知子金融国際審議官には驚きました。金融国際審議官は、次官クラスのポストです。天谷氏は昨年、「国際総括官」という新設ポストに就きました。このポストは財務省で言えば、国際局長です。金融国際審議官は財務官に相当します。つまり、分かり易く言えば、国際局長から財務官に昇格したということになります。

 

 天谷氏のイメージといえば、どちらかといえば検査部という感じがあります。しかし、よくよくキャリアを拝見すれば、国際畑というキャリアが昔から続いています。財務省から金融庁に転じたときのポストは、総務企画局の国際課企画官。その後、監督局では国際監督室長、預金保険機構調査部長に転じたときは、いわば国際調査がメイン。金融庁に戻ってからは、証券監視委員会や検査局に在籍されましたが、「国際色」が付いていました。

 

 これまで女性登用で注目された方のなかには、パワハラ問題があったり、とかくトラブルが付いて回ることが多い中で、天谷氏にはそうしたトラブルめいた話題はありません。「大蔵省(財務省)の女性キャリアのなかで、初めて一切、女性というゲタをはかせなかった」とある財務省OBは振り返っていました。従来、女性キャリアは数が少ないということもあり、特別に処遇されてきましたが、斟酌なしだったというのです。とかくマスコミ受けを狙った女性登用が霞が関でも目立ちますが、そうした人事とは一線を画します。

 

 ただ、森田宗男金融国際審議官(60年)の後継者は、キャリアからも天谷氏と同期の白川俊介総括審議官(61年)だと思っていました。その白川氏は関東財務局長に異動。かつて総括審議官から関東財務局長に転じた人事がありましたが、そのとき、ペナルティ色はぬぐえませんでした。すくなくとも長官とのソリが合わなかった感じが残っています。今回もそうしたことがあったのか、なかったのか。同じ局長クラスとはいえ、違和感が残りました。

 

 天谷氏の後継者は、今回の異動で財務省国際局次長の有泉秀氏(63年)が金融庁国際総括官に回りましたので、ほぼ決まりかと思われます。

 

◎検査の復活か?

 

 今回の人事異動で組織編成も大きく動きました。それは総合政策局の組織の拡大とレポーティングラインの明確化です。

 

 まず、総合政策局を官房部門、国際部門、モニタリング部門の3部門制にすることを明確にしました。最大の組織改編は、モニタリング部門の充実です。こまごまと書くと煩雑になるので、象徴的だった検査のスペシャリストである「主任統括検査官と統括検査官」(保険会社担当除く)の人員の動向だけを並べてみます。

 

 2019年(遠藤長官時代)は、たったの5人です。2020年(氷見野長官時代)は、8人。そして、今回、2021年では11人となりました。この3年間、監督局在籍の主任統括検査官と統括検査官の総数は4人と不変ですので、監督局から異動させたわけではありません。遠藤長官時代から見れば、検査官のヘッドが倍増しているのです。

 

 モニタリング部門の拡充の意図は明確です。金融機関の経営危機への対応が念頭にあったと思われます。政策官庁への脱皮の一方、顕在化する可能性のある不良債権問題にも目配せが必要になってきたと判断したのだと思われます。コロナに関連したゼロ金利融資の後始末、それ以前から継続してきた超低金利が反転したときのリスク(マクロプルーデンスですが)が大きいと身構えているようです。なお、定年延長問題も統括検査官を増やした背景になっているかもしれません。

 

 もしかすると金融行政の転換点なのかもしれません。森長官の強烈なヘゲモニーで分離していた監督局と検査局を統合し、オンサイトとオフサイトの一体化を図ったわけですが、将来、なんらかの形で独立させるのかもしれません。ただし、想像の域は超えておりません。

 

 この新たな総合政策局の陣容は、証券監視等委員会の事務局長から転じた松尾元信局長(62年)以下、官房部門の統括である総括審議官(局長クラス)には、伊藤豊監督局審議官(元年)が就任。国際部門統括は有泉秀国際総括官(63年)。モニタリング部門のヘッドは屋敷利紀審議官(日銀移籍・元年)となりました。

 

 伊藤総括審議官は官房に専念するといわれていますので、松尾局長が留任した栗田監督局長と一緒にモニタリングを統括する形です。なお、ご両人は62年入省の同期です。

 

◎来年の長官

 

 仮に中島長官が1年で勇退するのなら、後任は61年の古澤市場企画局長、62年の松尾総合政策局長、栗田監督局長の3人に絞られます。続投なら62年組の二人と元年の伊藤総括審議官が候補です。

 

 局長のような重要ポストは例外規定(公務の運営に著しい支障が生じる場合に管理職として引き続き勤務できる例外規定を設けている)もあり、内閣人事局はある程度、柔軟に運用することができます。したがって、さきほど60歳以上の局長は存在しないと書きましたが、例外は十分あります。

 

 ちなみに、入省年次ごとの局長定年までの任期は、61年が残り2年、62年が3年・・・となっています(大学現役卒・入省のケース)。これに、例外適用を加味すれば、それぞれ1年プラスとなります。例外適用は次に長官に内定しているような場合などが想定されます。

 

◎財務省人事

 

 順当に矢野康治事務次官(60年)となりました。ほかの人事も順当といえるなかで、唯一の波乱は、元年入省同期の小野平八郎氏の大臣官房総括審議官と宇波弘貴主計局次長の留任くらいのものではなかったかと思います。太田前事務次官が最も信頼していた宇波氏が総括審議官になると見られていました。

 


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Never die in Tokyo

金融庁は東京金融市場の国際化を進めるための施策を矢継ぎ早に打ち出している。橋本総理の金融ビッグバン構想から始まり、2016年には小池都知事が国際金融都市構想を公表した。しかし、鍵を握っているファンドマネージャーに関する規制と税制がネックとなり、進捗ははかばかしくなかった。香港市場の凋落の機をとらえ、一気に打開したのが、氷見野金融庁。昨年12月、本来はコロナ感染対策である政府の総合経済対策(菅総理としては初の総合経済対策)にどういう理屈付けをしたのか、「世界に開かれた国際金融センターの実現」という項目をすべり込ませ、税制改正、さらにはファンドマネージャーの在留資格要件も緩和するなどの方針があれよあれよという間に決まった。須らく役所の仕事は危機時に大幅に動き出すが、教科書通りの作戦勝ちだろう。ちなみに氷見野長官が関係者を説得するときに使った殺し文句は「Never die in Tokyo」だった。

 

◎外人たちの囁き―東京で死んではならない

 

 東京金融市場を国際化する最大のポイントは、如何に多くの海外からファンドマネージャーを引っ張り込むかにかかっているといっても過言ではありません。ロンドン然り、香港然り、シンガポール然りです。そのファンドマネージャー達が集まるといつも話題になるのが、東京でのライフプランの悩みだそうです。なかでも結構深刻な話題になっていたのが、相続税課税。「Never die in Tokyo」なのだそうです。

 

 なぜ、東京で死んではならないのか。10年間以上、東京で仕事をしているファンドマネージャーが亡くなると、相続税課税対象が日本の資産だけでなく、妻子のいる本国分の資産まで対象となってしまうからです。人によってもちろん違いますが、毎年、何億円も稼いでいるファンドマネージャー達の本国の資産は相当なものでしょう。

 

 海外の相続税負担は概して日本より低い(甘い)のです。たとえば、アメリカでは相続税の基礎控除額は545万ドルもあります。5億円以上も控除できます。イギリスやフランス、ドイツも相続税はありますが、その税率は日本よりも低めです。もっといえば、世界的に相続税率は低下、あるいは廃止の流れにあります。イタリアやカナダ、シンガポール、オーストラリアには相続税はありません。北欧諸国も相続税を廃止しました。中国やインドも相続税がありません。加えて、イギリス、ドイツ、フランスは、相続税制度を廃止する方向で検討が進んでいるようです。

 

 日本では、最大55%の相続税を払うことになります。こりゃ、たまらんというわけです。この話を聞きつけた氷見野長官が、このキャッチーな言葉に飛びついたと聞きました。センスがいい方です。そして、令和3年税制改正(4月1日施行)では、ファンドマネージャー達の相続税は「勤労等のために日本に居住する外国人について、居住期間にかかわらず、国外財産を相続税の課税対象外とする」となりました。アメリカで蓄えてある資産はお構いなしとなったわけです。

 

 さらに、所得税については、いわゆるキャリード・インタレストが、総合課税(累進税率、最高55%。地方税込み)の対象ではなく、「株式譲渡益等」として分離課税(?律20%)の対象となることが明確化されました。

 

 ファンドマネージャーが個人としてファンドに投資して得た利益分配が大きく、この税の扱いが海外と比べ負担が大きいことがファンドマネージャーのやる気を殺ぎ、東京に来ない理由の一つとなっていました。今回の税制改正で香港やシンガポールにほぼひけをとらない税制となりました(シンガポールの所得税率は最大22%)。

 

◎東京に戻れるのかわからない不安

 

 ファンドマネージャーのもうひとつの懸念は、「東京に戻れるかどうかわからない、長く働けるかどうかわからない」という不安です。東京で働き、本国に帰ったファンドマネージャーが再度、東京で働くとき(あるいは短期滞在から長期滞在への切り替えるとき)、本当に在留資格がとれるのかどうか、わからないというのです。

 

 在留資格については明確なルールがあります。ただ、少し言いにくいのですが、入管の現場では裁量が結構、働いているようです。ならば、ルールで優遇し、はっきりと有為な人材は永住権をとれるとすればよいではないか。いろいろと細かいルールなのですが、ざっくり言えば、法務省がガタガタ文句をいうなら、金融庁が有為な人材だと認めてしまえばいいというわけです。

 

 例えば、日本人がアメリカでファンドマネージャーとして働くときの審査基準(グリーンカード)よりも、アメリカ人が日本で働くことの基準のほうが緩くなると思います。香港との比較をしなければなりませんが、香港は簡単に就労ビザが取れますが、期限は1年。更新が必要です。更新はすべて裁量です。でも日本よりも簡単に更新できるようです。しかし・・・香港自体が沈没しかかっていますので、ここで比較しても意味はないでしょう。

 

◎日本橋兜町に金融庁の新オフィイス

 

 東京金融市場の国際化を阻害してきた理由は3つあるといわれています(実際にはもっともっとありますが)。ひとつが税制、二つ目が在留資格、以上2点は解消しつつあります。そして第3は、当局と英語が通じないということです。

 

 金融庁は、この10年ほどの間に職員の英語力強化を進めてきています(森長官時代から加速したように思います)。加えて海外事業者との接点を集約した「拠点開設サポートデスク」を2017年に開設。さらにこの6月から日本橋兜町に新オフィイスを作り直しました。ビジネスの中心に許認可の拠点を置くのですから、至便というべきでしょう。

 

 いま、外国株投信の残高の増加が顕著です。あれだけ海外投資に慎重であった個人が投信というツールで間違いなく。海外の株式投資に突っ込んでいます。その運用を任されているのが、「外人」のファンドマネージャーです。多くのマネージャーが必要になっています。

 

 大英帝国の遺産を引き継いだロンドンには及ばずとも、中国化・国家管理統制が厳しくなり、中国メインランドにいずれ引き渡される香港の金融仲介業を横取りできるのは、シンガポールか東京くらいのものでしょう。シンガポールとの競争に勝つ確率は50%を超えると思います。たとえば、いずれシンガポールの中国系住民も人民元の決済のなかに埋没します。資本市場の自由化も制約されるとみています。その背景には中国の軍事力の増強があります。平和な時代の産物であるシンガポールが安全な金融都市として生き残る確率は下がり始めるはずです。この見方に反対される方は多く、不愉快に感じる方もいらっしゃるかもしれません。ご容赦下さい。

 

 さて、東京金融市場の国際化は、間違いなく国策である「貯蓄から投資」を推進します。この旗を立てている限り、金融庁にとっては錦の御旗。おそらく、これからも、なんでもありありの施策が展開されるはずです。

 


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頓挫したデジタルマネー賃金

厚労省で検討していた資金移動業者の口座への賃金支払い、いわゆるデジタルマネーによる賃金支払い構想が頓挫した。昨年の政府の成長戦略に盛り込まれたものの、確実な賃金支払いを求める労働側(連合)の反発が強く、予定の今年度末までに実現するという方針を変更ないし中止せざるを得ない状況となった。議論の場となった厚労省の労政審議会では、多くの問題点が労使双方から指摘されており、それぞれ解決の方向性がまったく見えていない。労政審で指摘された項目以外に構想の背後に大きな課題について考えてみたい。

 

◎賃金と少額資金の支払いを同一視していいのか

 

 資金移動業者の口座への賃金支払いの解禁―銀行からの給与振り込みでなく、会社(使用者)が社員(労働者)の資金移動業者の口座に直接、給与を送金するという構想を厚労省(労政審議会)が検討してきました。しかし、約束のタイムリミットであった年度末までに解禁という結論をだすことができませんでした。案の定という感があります。これは昨年の政府の成長戦略において、国家戦略特区構想の目玉のひとつとして、「新たな生活様式」に対応した規制改革の推進という名目で浮上したテーマでした。

 

 かつて、賃金の支払いは現金でしたが、いまや銀行給振が一般的です。その賃金を直接スマホで決済できるようにしようというもので、たとえばQRコードを使い、〇〇Payで決済するとき、銀行口座から一度、スマホに資金を移動させるという手間もかからず、便利なサービスのように思えました。

 

 しかし、ここで素朴な疑問があります。少額支払いと賃金の支払いを同一視していいのかということです。たとえ少額であっても賃金は賃金です。労働の対価です。何かの買い物の決済資金ではありません。労働債権は、たとえば会社更生法において賃金は納期の来ていない税金と同様に最優先で支払われ、抵当権付き債権より優先されます。また、民事再生手続においては未払いの賃金は抵当権付き債権に次ぐもので税金と同じ優先権が認められています。だから、お金の質が違うのです。

 

 また、銀行は厳格な行政の監督下にありますが、資金移動業者は登録業者に過ぎず、送金を保証するシステムが脆弱です(仕組みに説明は割愛します)。最大のポイントは資金移動業者が破たんしたとき、どのように労働者を保護するのか、その制度がないことです。厚労省も昨年の夏、政府の成長戦略に挙がったものの、なかなか腰を上げずにいました。労使ともに反対だったからです。賃金を確実に支払うことは労働行政としても極めて重要なテーマですが、そこが担保されていないと考えていたからです。今回の一連の議論で労使ともにセーフティネットを要求しています。当然のことです。

 

◎デジタル賃金の保険コストの算出が難しい

 

 ところで、デジタル賃金の運営コストは一体どのくらいかかるものなのでしょうか。支払いを厳格にすればするほどコストがかかります。資金移動業者の支払いに銀行または保証会社の保証を付けるという案もあります。さらに保険会社の保険もあります。

 

 その保証や保険料は一体いくらになるのでしょうか。労政審議会では保全のための保証料や保険料の多寡については、まったく議論されていません。ただ、必要だというだけです。およそ制度を新たに作るときは、事前にコストがいくらかかるかをシミュレーションするのは常識です。それがないのです。不思議な話です。

 

 保険会社からみると会社の賃金支払い能力の査定ということになります。銀行の融資審査と同じか、それ以上の審査が必要になります。デューデリを行い、キャッシュフローを見なければなりません。厳密に言えば、毎月の保険料は変動させなければならないでしょうし、その保険料を決めるには時間もかかります。そんな賃金支払い補償保険を引き受ける保険会社は本当にあるのでしょうか。考えただけでも保険料が高くなることが想定されます。

 

 また、保険金の支払いのタイミングもあります。会社が資金ショートして支払い不能となることが判明してから、支払うとしてもどうしても遅れます。給料日に払われることはないでしょう。

 

 資金移動業者は口座からの送金手数料が安いことを強調しています。しかし、保険料込みの価格を提示していません。さらに、滞留資金(労働者が入金された賃金を使い切れず残った場合、口座残高に見合う供託金を積む必要があります)のコストも顕在化する可能性があります。いまは超低金利なので、仮に保険でなく供託した場合、滞留した資金コストは微々たるものでしょう。しかし、ひとたび金利が上昇すれば、そのコストを負担しなければなりません。サービス価格に転嫁しなければなりません。

 

◎会社の経理負担も大きい

 

 ということは、デジタルマネー賃金のコストは、業者が説明するように安いものではないのです。さらに、使用者側のコストも増えるということも見逃せません。これまで銀行に給振データを渡すだけで済みましたが、これを分割して支払わなければなりません。毎月の給料は変動します。変動に応じて支払い指示をだすことになりますが、最悪の場合、銀行口座あるいは資金移動業者口座のいずれか、あるいは両方に不払いが生じるときもありえます。そうしたケースを織り込んで事前にルール作りをすることになりますが、会社の経理部の事務がそれこそ複雑となり、大混乱に陥る可能性があります。

 

 実は会社側の負担も大きいのです。実務面の負担についての議論はあまりなされてきていません。これも解禁ができなかった理由のひとつになっています。コストは最終的に労働者へのしわ寄せとなり、サービスの価格に転嫁されることになるはずです。スマホをもっている労働者はタダでサービスを得ることはできないのです。

 

◎滞留資金の出資法違反対応をどうするか

 

 コストの次は、ルール違反への対応という課題があります。ひとつは、滞留資金について違法となる可能性があるということです。労政審でも当初から議論になっていた点です。

 

 資金移動業者の口座には、多分、滞留資金が貯まります。定期的に入金されるので、おそらく根雪のように積み上がっていくでしょう。そもそも送金のための業者であって、滞留資金を貯めることを法律は想定していません。現実に預り金と同じ性格を帯びれば、出資法違反です(滞留資金にポイントを付けるというキャンペーンを展開しようとした無知な業者もしました)。

 

 何らかのルール(金融庁は資金移動業者の滞留資金についての資金決済法ガイドラインを昨年末に公表済み)で出資法違反を回避するしかありません。このガイドラインがあったとしても多分、違反するケースはごろごろと出てくるでしょう。出資法違反は刑事罰です。金融庁は出資法の解釈について照会があったときに説明する義務がありますが、違反の事実を把握したときは警察や検察などの捜査当局に情報提供するだけです。厚労省が主体となって監督するしかありません。できますか?

 

 この問題は労政審でも整合的な解は示されませんでした。使用者側と労働者側を監督する厚労省だけでは対応不能ですし、およそ複数の官庁にまたがるような監督は機能しません。つまり、デジタルマネー賃金の違法状態のチェックが効かないのです。

 

◎マネロン対策ができるのか

 

 政府の未来投資会議の場でフィンテック協議会が要求したデジタル賃金構想を読むと、本人確認に対する甘い認識とマネロン対策への意識の欠如が露骨です。

 

 まず、前者、「銀行等での口座開設が困難な方でも金融サービスが受けられるようにできることは重要であり、ペイロール・カードやスマートフォンでの決済・送金を提供する資金移動業者が開設する口座への給与の支払を認めることが妥当と考えられる」―趣旨はよく理解できます。しかし、銀行口座すら開設できない人の本人確認をどうするつもりなのでしょうか(銀行が口座新設を認めない人の本人確認です)。

 

 しかも、「他事業者(銀行やクレジットカード会社以外でも)による本人確認手続の結果を確認することで、本人確認やマイナンバーを重ねて提出することは不要としていただきたい」とあります。これは企業グループ内で本人確認を使いまわすことを認めてほしいというものです。

 

 銀行やクレジット会社“以外”での本人確認ですよ。具体的にどうするのか示されていないので、なんともコメントしようがありませんが、銀行やCCの審査なしで、自前で本人確認し、それをグループ内で共有しようということです。こんな甘々なKYCが認められるのでしょうか。本人確認を自ら行わず、銀行に依拠した結果、ドコモ口座事件が起きたことは記憶に新しいところです。

 

 まして、マネロンについては、ノーコメントです。マネロン資金判断、マネロン犯罪データへの照会に銀行は多額のコストをかけてシステムを構築しています。資金移動業者が本当に独自にシステムを構築するのでしょうか。多分、不可です。それほどのコストをかけてしまえばビジネスとして成立しないでしょう。

 

◎そもそも外国人労働者対策

 

 デジタル賃金は、2017年12月に東京都が外国人労働者を念頭に要望していたものです。翌2018年12月にこれが国家戦略特区構想(全国ベース)に引き上げられたという経緯があります。ここで小さなボタンであった構想を大きなボタンにしてしまったことに、つまずきの原因があります。

 

 ある金融庁の幹部氏が「これは外国人向けなんですよ」と解説してくれました。ならば、構想を小さくしてアメリカ型のペイロールか、プリカ程度にすべきではないでしょうか。


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預金保険の剰余金を地銀再編のために使えるのか

金融庁は金融審議会で地銀の統合支援のために、追加的な初期コスト(システム投資等)の一部を公的資金で負担するという政策を明らかにした。事実上、政府による補助金である。この「資金交付制度」の財源は預金保険機構の金融機能強化勘定の剰余金の350億円である。しかし、本来はこの交付金は法的根拠のある補助金として来年度の国家予算に組み入れるべき資金ではないのか(地銀再編特別法として)。しかも、そもそも本当に預保の資金を使ってよいものなのか。

 

◎第1の論点―本来は新法を作るべきではなかったか

 

 預金保険機構の財務勘定は、預金保険法だけでなく様々な金融セーフティネット法制ごとに勘定区分され、現在、9つの勘定の集合体になっています。金融機関が預金保険料を納付しているのは、一般勘定(金融機関が経営破たんしたときに支払われる預金保険の原資となる準備金を積んでいる)だけで、ほかの勘定はすべて預金保険機構の借入または預金保険機構債(ただし政府保証付き)が原資となっています。以上がおさらいです。

 

 さて、今回、金融庁が公表した「資金交付制度」構想の公的資金の出どころは、預保の金融機能強化勘定の剰余金です。金融機能強化法が根拠となっている勘定です。金融機関の資本不足を補うために、これまで主に優先株式として4800億円(6840億円投入され、2000億円返済)ほど投入されています。純粋な公的資金です。

 

 優先株式ですから配当があります。しかも、普通株式よりも高配当です。こうした金融機関からの配当金と、加えて優先株式の買戻し(返済)にともなうキャピタルゲインが226億円ほどになり、併せて利益剰余金として2019年度末で560億円ほど貯まりました。ただし、来年度からはある事情から200億円ほど剰余金が減少しますので350億円ほどが、今回の政策の原資となります。

 

 さて、ここから本題です。そもそも預保の剰余金を補助金(行政裁量的に)として流用することの是非です。金融庁は「将来国庫納付することが予定されている、いわば公的な資金を活用させていただくということ(だから正当化される)」と説明しています。

 

 余っている資金なのだから使えるというのは、随分と乱暴な根拠です。ここに、素朴な疑問が生じます。①本来は立法をもって予算要求すべきことがらではないか、②そもそも使ってよい資金なのか。また、使って問題は生じないのか、③そもそも金額は十分なのか、という点です。

 

 地銀の再編に必要な資金ならば、国会で審議した法律に基づき、国家予算に計上して使うのが本筋です。そうであれば、剰余金の流用という中途半端というか小手先の政策ではなく、正々堂々と予算要求すればよいのです。

 

 なぜ、そうしなかったのか。流用を正当化する金融機能強化法あるいは預保法の改正では、国会の審議に熱は入らないでしょう。しかも、「余っているカネ」という説明を受ければ国会議員も、別に構わないのではないかと安易に考えるのではないかと推察します。

 

 それが「地銀再編のための資金援助法」となれば、国会審議はそう簡単には通らないでしょう。特定の地域の地銀に対する補助金助成法案ですから、その必要性を説明することに相当の労力が求められます。しかも、補助金はいくらになるのかという議論になるはずですから、審議がすんなりと通るとは思えません。それに信金、信組も黙ってはいないでしょう。剰余金の流用は、逃げたという印象がぬぐえません。

 

 国会審議のプロセスを経ない政策は所詮、アドホックなものになりがちです。仮に金融庁が本腰を入れて資金援助法を作れば、金融行政において初めて補助金制度が作られたことになり、その意義は大きいと思われます。現行の金融機関の破たん処理や資本注入の法律は金融システムの安定という大義名分に基づくもので、今回のように個別銀行経営のPLに収益として資金を入るものではありません。今回は純粋な補助金です。

 

 金融行政において補助金として機能してきたのは、かつての店舗行政が代表的なものであったと思います。店舗が増えれば収益が伸びた時代の行政です。しかし、いまは金融庁にそうした手立てはほとんど存在しません。そうした、いわばアメがなくなった行政にとって、この補助金は意味を持ちます。ちなみに、経産省が作った「産業競争力強化法」という事業再編のための法律もあります。やればできるという見本ではないでしょうか。

 

◎第2の論点―そもそも預保の剰余金は使ってよいのか

 

 余っているのだから使える―確かに、いまは使えます。しかし、この剰余金を計上している金融機能強化勘定は、将来、赤字にならないかという懸念が払しょくできません。令和1年度のこの勘定の剰余金は560億円あります。しかし、今回使えるのは350億円と公表されました。この約200億円の差額はどこから生じたのでしょうか。剰余金が560億円あるのなら、そのまま560億円と公表すればよいのです。

 

 実は令和2年度決算で200億円減額することが予定されているのです。預保の実働部隊である整理回収機構(RCC)が、地銀等への資本注入の実務を担い、その借金の証文である優先株式を保有しています。優先株式の額が大きいため、地銀がRCCの持分法適用会社となり、保有先金融機関の損益がRCCの決算に反映されます。令和1年度において、保有先金融機関の有価証券運用について減損処理したため、200億円の穴が空きました。これが預保の金融強化勘定の令和2年度決算に反映されるのです。だから350億円なのです。今後も同じような事態が起こるかもしれません。

 

 そもそも剰余金といっても、いま現在余っているだけで、確定した剰余金ではありません。預保(あるいはRCC)が保有している優先株式の時価の問題もあります。公的資金を投入した地銀の株価が下がっていけば、簿価と時価との差額が大きくなります。いわば含み損を抱えることになります。勿論、反対に、常識的には時価が簿価を上回れば、資本を入れた地銀は公的資金を返済するでしょう(これがもっとも望みうる状況です)。

 

 金融機能強化勘定は時限勘定です。その期限は、3度延長されてきましたが、いつかは期限を迎えます。そのとき赤字であればどうなるのでしょうか。

 

 延長してきたから、また延長すればよいという声もあります。どうせ恒久化するしかないから時限には意味がないという方もいます。そうかもしれません。しかし、そうするには国会審議を経なければなりません。国会審議が荒れる、あるいは政権が交代する、なんらかのハプニングが起こることも想定しなければなりません。したがって、建前としては赤字になったときの対応を考えておく必要があります。

 

 方法は二つあります。財政による補てんか、あるいは預保のほかの勘定からの付け替えです。筋論から言えば、冒頭に書いたように政府による公的資本注入した勘定なのですから、前者が正しい結論になります。しかし、多分、国会は紛糾するでしょう。財政による補てんは税金の投入ですから。

 

 となると、後者になるかもしれません。これには前例があります。かつてRCCの住専勘定をクローズするときに1.4兆円の損失・赤字があり、実務的にクローズすることができませんでした。それを政府と民間金融機関とで折半したとき、3000億円ほど預金保険料で積んでいる一般勘定から付け替えたのです。いまから考えても、よくやったなという感じです。なぜ、金融機関の破たん処理のための保険料を積み立てていたのに、住専の赤字を埋めるなんて、筋違いも筋違いです。できるのでしょうか。

 

 いまだに新生銀行の公的資金は返済されていません。含み損を抱えているからです。この現実をみれば、預保の幻というべき剰余金に手を着けるのは、いかにもいかにも筋が違うと思わざるを得ません。

 

◎第3の論点―金額は十分なのか

 

 金融庁は350億円を原資に10行に30億円程度を配るつもりのようです。30億円は平均ですから、まあ10億円から50億円かもしれません。いずれにせよ、このレベルの額で地銀の再編のインセンティブになるのかどうか。システムの統合負担は相当な額に上ります。ケースにもよるでしょうが、この金額だけで再編ができるわけではないでしょう。実際、そうコメントした頭取もいます。呼び水になるという声も聞きますが、それは期待するほうの見方であると思います。

 

 破たんを避けて再編というシナリオならば、破たん処理に準じた金額の投入まで許されるのではないでしょうか。ならば、30億円はあまりにも少な過ぎます。補助金なので、いわば挨拶代わりかもしれませんが、政策としてはこれまた本筋ではないと思います。むしろ、公的資金を注入したうえで、再編するというほうが、よほど本筋ではないでしょうか。それが限りなく国有化に近いものであっても。

 

◎政権への忖度ではないか

 

 貸付交付金というアイディアは、金融審議会の銀行制度WGの審議の最後の最後に事務局である金融庁から提案されました。議事録を読む限りでは、昨年の11月の1回の審議で終了しています。制度WGでは規制緩和がメインテーマでした。ファイアーウォールや業務範囲規制の緩和が議論されていたとみていたら、ところが「突如として再編補助金が出た」(関係者)のです。

 

 このタイミングは菅総理の地銀が多過ぎるという発言に沿った動きと捉えかねられません(独禁法の特例法が成立したという事実もありますが、制度論議の場でなぜ補助金なのかという違和感があります)。「忖度ではないか」という声を聞きました。総理の意向に沿った政策であれば、確かに官僚としてプラス点でしょう。そうした憶測を生んでしまったことに、残念ながら後味の悪さを残しました。

 

 https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/ginkouseido_wg/siryou/20201216/siryo1.pdf

 


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改正金融機能強化法とリファイナンス狙いの銀行

金融機能強化法が改正、施行され、経営者責任を問われず、また収益目標を約束しなくとも公的資金が借りられることとなった。菅総理の地銀再編発言もあり、先の地域銀行の再編についての特例法とこの改正金融機能強化法により地銀の統合が進むという話題が盛り上がっている。しかし、関係者の話を聞く限り、再編の動きは聞こえてこない。昨年、発動した早期警戒制度による行政処分を一時停止し、むしろ、改正金融機能強化法による公的資金の返済資金のリファイナンスを優先させようとしている金融庁の方針が注目される。

◎菅総理の誤解?

 

 菅総理が9月2日の自民党総裁選の出馬表明会見で「地方の銀行について、将来的には数が多すぎるのではないか」と発言し、さらにその翌日、「再編も一つの選択肢になる」と再編に唐突に言及したことには、いささか驚きました。およそ、一般の国民が関心をもつ政策テーマなのかどうか疑問だからです。おそらく、銀行関係者を除けば、それって何の意味があるの?自分の生活に関係あるの?という反応だったと思います。

 

 菅総理は誰かに地方創生と地銀再編がリンクすると囁かれた(アドバイスを受けた)ものと思われます。結論から言えば、リンクなんかしません。おそらく誤解です。地銀再編によって、地銀の経営力が1+1=2以上になると誤解したのだと思います。しかし、規模の利益を追った昔はともかく、いまの再編は、1+1=<2が現実です。縮小均衡の手段といっても差し支えありません。菅総理は経営体力、つまり資本バッファが厚くなれば地域の中小企業のリスクを取れると考られたのだと思います。

 

 残念ながらいまの再編はそのような夢物語に結びつきません。現実には、たとえば取引先企業の選別が強化されます(再編する際に互いに資産をデューデリしますので)。金融支援の打ち切りが目に見えています。廃業や倒産も加速するはずです。本当に菅総理がこうした新陳代謝を促進するような新自由主義的な発想を持たれているなら、確信犯ということになります(多分、違います)。

 

 菅総理発言は公的資金にリンクする話題です。霞ヶ関、本石町の関係者からその発言の真意についてどう見ているのかと伺った結果を総括すると以上となります。いろいろな見方が出ました。総理と昵懇の大樹総研筋からのアドバイスという見方もありました。単に内閣官房の側近たちや金融庁幹部からのレクを自身で解釈したという見方もありました。ただ、共通していたのは誤解ではないかという解釈でした。(何か大構想を練られているのであれば失礼致します。一応、イクスキューズさせて頂きます)

 

◎狙いはリファイナンス

 

 さて、本題に入ります。今年の通常国会で成立した改正金融機能強化法はどう使われるかということです。

 

 新型コロナ特例という条文が追加され、これに該当する銀行(まあ、ほとんどの銀行が含まれると思いますが)が公的資金を入れる際に、従来、厳しく求められていた収益・効率性目標や役員の責任追及を求めないばかりか、資金注入期間も無制限、公的資金の配当率を引き下げるなど、注入条件を思いっきり緩和しました。モラルハザードの懸念があります。(従来の厳しい条件によって、優秀な頭取が否応もなく辞任に追い込まれて来ました。小生の知人で辞任された方は何人もいらっしゃいます。だから条件緩和は、いいことでもありますので、全面的に否定するものではありません)

 

 これだけ公的資金が入り易くなれば、公的資金を申請する銀行が増える、あるいは再編を伴う公的資金の申請が増えると想像されますが、どうやら活用を検討している銀行は、既存の公的資金の入れ替え、リファイナンスのようです。8行からの打診があると仄聞しております。

 

 最初に旧金融機能強化法による公的資金が入ったのが2009年のことです。このときの注入条件は返済期間が15年間となっています。つまり、2024年3月までに返済しなくてはなりません。まだ、時間があるのではないかと思われるかもしれません。

 

 しかし、公的資金を入れた銀行は、3年ごとに経営強化計画を当局に提出する義務を負っています。2024年3月を最終期限とする経営強化計画の始期は、来年の2021年3月です。この計画のなかで返済が実現可能であるという合理性のある説明が求められます。

 

 具体的な銀行名は挙げませんが、2024年の最終期に突如として返済原資の準備金が積み上がる計画書を提出している銀行があります。しかも、返済は可能としながらも、返済すれば自己資本比率が激減するケースもあります。

 

 いくつかの銀行では「本計画期間中での公的資金返済に向けた出口戦略を明確にするため、新たな資本調達についても検討を開始しております。」「資本政策を含めた幅広い検討に着手する必要があると認識しております。」と資本政策の必要性があると認めているのです。こうした銀行は公的資金を借り換えなければ、最低自己資本比率を維持することができません。

 

 借り換えは一度、返済したうえで新規に公的資金を受けるという形をとります。資金は新しい優先株式(あるいは普通株式)なので、定款変更が必要です。変更するには、株主総会の議決が必要なので、臨時あるいは定期の総会開催で議決しなくてはなりません。2021年6月の定期総会では、計画書の提出期限を超えてしまいます。となると来年の3月末までに臨時株主総会を開催しなくてはなりません。忙しいのです。

 

◎経営強化計画の骨抜き

 

 まあ、借り換えてもいいのではないかと個人的には思いますが、その銀行が今回、新規に設けられたコロナ特例で申請してきたときに、従前の条件と天と地の違いが生じてきます。これまで12年間に渡り、収益と効率化の指標を公表し、役員の責任を多少なりとも感じつつ経営してきた銀行が突如として、一切の制約なしに公的資金を入れ替えることに違和感があります。大なり小なりコロナの影響を受けない地域はないので、おそらく改正金融機能強化法の特例を使うのは目に見えています。多分、本則で借りる銀行はないでしょう。

 

 100歩譲って、仕方なしとなっても、疑問が残ります。3年ごとの経営強化計画の提出義務は残りますので、計画は公表されます。しかし、その中には、前述のように目標となる数字が一切ありません。実質、銀行が毎年発行しているディスクロージャーと変わらないのではないかと思います。計画書に意味があるのでしょうか。

 

 リファイナンスの需要に対し、応えることに意義はあるとして、仮に新規の申請があった場合、当初からノーペナルティで、期限のない公的資金を簡単に入れてよいのかどうかという懸念です。コロナ特例の資金は、いわば出口のない公的資金です。また、SBIグループ地銀が大挙して申請する可能性もあります。拒否できるのでしょうか。なにしろ、経営破たんすれば、税金の投入となるわけですから、公的資金に注入基準が見えないことには一種のもどかしさが残ります。

 

 金融庁は昨年、早期警戒制度に基づくモニタリングを開始しました。スクリーニングを経て、今年の6月までに第2段階の抽出を終えています。最後の第3段階では、行政処分するか、否かということになります。それがいまだに発動されていません。もしかするとこの行政処分と平仄を合わせ“戦略的”に活用しようとしているのかもしれません。行政処分先への注入ならば理屈が成り立ちます。しかし、処分先でない銀行から申請された場合、どうするのでしょうか。


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